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大学時代の夢

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 この思いとは、ペットで飼っていた犬が死んだ時だった。
 いつも自分になついていて、最後は、須川が中学生の時のことだったが、悲しそうな声で鳴いていたのを思い出した。
 あの、
「くぅーん」
 という鳴き声は耳から離れず、思い出しただけで涙が出てきそうだった。
 だが、今までに死に目というと、おばあちゃんの死に目にも遭っていたはずだったのに、おばあちゃんのことを夢に見ずに、犬の臨終の方が夢に出てくるのだ。
 確かに、血の繋がりや、同じ人間という意味でいけば、意識が深いはずであり。しかも、おばあちゃんから、あんなに大事にされていたという意識もあったのに、夢に出てくるのは犬のことだった。
「何か、思い残していたことでもあったのだろうか?」
 と思い出してみるが、思い出せるものではなかった。
 それが何だったのかも分からず、犬の方が意識が強いということを考えると、急に寂しく感じられた。
 その理屈が分からないまま、気が付けば、そろそろ、夢から覚めようとしていた。
 そして、夢から覚めようとしている時、再度思い出したのが、
「あれ? 俺って記憶喪失なんじゃなかったかな?」
 という思いだった。
「記憶喪失なのに、夢だけは見るんだ」
 という思いが頭を巡った。
 記憶喪失の人間が、夢を見るかどうかが不思議だったが、実際には夢を見るようだった。
 そして、今回の夢の最後に、一瞬だけ感じたことがあった。
「今度のこの夢というのは、自分が記憶喪失になっているというより、自分だけが記憶を持っていて、他の皆が記憶を失っているのだ」
 という夢だった。
 段階を追って見た夢の最後には皆記憶喪失になっていた。
 由香子も、つかさも記憶喪失。
 聡子も、元カレも記憶喪失だったのだ。そしてもう一人、誰か思い出せなかったが、自分に深く関わりのある人間だった。
 記憶を失って困る相手であることに間違いはなく、ただ、
「そのまま記憶喪失でいてほしいな」
 とも思っていたのだ。
「記憶を失ってくれていることがここまで楽だったなんて」
 という思いが頭を巡った。
 そして、大学を卒業できていないことを一番知られたくない相手、しかし、知ってもらっていないと、切実な意味で、自分が困る。そんな相手だった。
 大学の図書館が夢に出てきたのは、
「いつも、ここで勉強していたので、特に夕方から日暮れにかけては、閉館時間ということもあり、帰宅するのに、身体が重かったのを思い出した」
 と思っていた。
 そんな時、自分が誰かと、
「夢を共有しているのではないか?」
 と感じていた。
 果たして、この夢を共有しているのは誰であろうか?
 由香子なのか、つかさなのか、それとも、憎きとまで思っている聡子なのだろうか?
 以前感じたことがあった感覚として、
「夢を共有しているとすれば、きっと怖い夢に違いない」
 というものだった。
 それというのは、夢を覚えているという時は、
「怖い夢を見ている時だ」
 と感じた時だからだった。
 今回、複数の夢を、一つの夢の中で見るということは、夢を共有しているからではないかとも思えた。ただ、今回の夢が、そんなに怖い夢だとは思えない。その中で一番恐怖に感じたのは、
「大学時代に、卒業できるかどうか」
 ということだった。
 就職活動よりも、卒業の方が、結構自分の中で厳しいという意識があった。
 その意識が、大学時代の思い出とともに、まるで走馬灯のような形で蘇ってきた。
「本当に、走馬灯のようになるんだ」
 と感じたほどだった。
 さらに、感じたこととして、その時自分にとって夢に出てきてほしくない人物。それがキーだったのだ。
「記憶を失っている中で、一番よく見るというのが、どうやら家族の夢らしいんだ」
 と、医者が言っていた。
「どういうことですか?」
 と聞くと、
「家族の夢を見ると、その中で記憶喪失になっている家族がいると、その人とのわだかまりを感じることで見る夢だというんだ」
 と言っていたのを思い出した。
 自分が今回見た夢で、記憶喪失になっていたのは、父親だった。
「ということは、俺にわだかまりが残っているとすれば、親父なんだ」
 と感じた。
 正月に友達の家に行って、皆が泊っていくということになったのに、自分だけが帰らされるという屈辱。あれこそ、自分の中でのトラウマであり、どうあっても、許容できることではなかった。
「あの時の思いが大学時代になっても、わだかまりとして残っていて、意地でも親に迷惑をかけないようにしないといけない」
 という思いが強かったのだ。
 大学時代にいろいろな感情が渦巻いていた中で、最後は卒業という問題に直面した時、その思い出が頭の中を巡った時、意識が楽になったものだった。
 その思いが、一つの夢の中に複数の夢を織り交ぜた。それは、
「夢の中で、さらに夢を見る」
 という入れ子のような夢だったのではないだろうか?
 今までは見たことのなかった夢だったが、そんな夢を見ることができるようにあったのも、きっとそれだけの時間が経過したからではないだろうか。
 大学を卒業したのが、確か、まだ昭和だっただろうか。社会人になって少ししてから、平成に変わったと思ったので、すでに、今は令和という時代。
 途中には、バブルが弾けたり、2000年問題があったり、世界的な伝染病の流行があったりと、慌ただしかったが、須川にとって思い出すのは、昭和の末期、大学を卒業するあの頃のことだったのだ……。

                 (  完  )
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作品名:大学時代の夢 作家名:森本晃次