大学時代の夢
しかし、そんなところに、
「やあ、石坂さん、こんなところにいたんだね?」
と言って、聡子に声をかける一人の男がいた。
この瞬間、何か違和感があった。ぎこちなさとでも言っていいのだろう。そもそも、待ち合わせでもしていない相手に、
「こんなところにいた」
などという言葉は不自然ではないだろうか。
この言葉をいうのは、かなり親しい相手か、その日、最初から待ち合わせでもしていた相手でもなければ成り立たない。
「ええ、最近ここによく来るんです」
と言って答えた聡子には焦りや狼狽えの雰囲気は一切感じない。
まるで最初から決まっていたセリフを吐いているがごとくであった。
「この二人、知り合い?」
と思ったが、それも、結構深い仲だということもよく分かった。
しかも、そのわりに、まったく嬉しそうではない。ぎこちなさは感じられた。そこまで思うと、この間からのウワサ話が頭をもたげたのであった。
「これが、お付き合いをしている相手?」
と感じた。
悔しいが、キリっとした甘いマスクに端正な顔立ち、癒し系の聡子とでは、お似合いに感じられた。
しかも座った席は、最初、須川と聡子が四人掛けの席で、対面で座っていたのだが、聡子が、彼に気づいた時、さっと、隣の席に置いていた荷物を、足元に移動させた。
ただ、須川の隣も荷物は何もなかった。荷物があったとしても、最初から避けるつもりはなかったのだが、もし、この男が長居をしようと企んでいると感じれば、荷物を避けるくらいはしたかも知れない。
それなのに、その男は、何のためらいもせずに、聡子の隣に座った。別に、
「ここ、いいかい?」
という言葉を発するわけでもなく、当たり前のように座ったのだ。
勝手に相手の性格を読んで、
「こうでなければいけない」
という思い込みはいけないのだろうが、その時感じたこの男であれば、これくらいの心遣いがあってしかるべきだと思えたのだ。
自分の想像に違えるだけの行動をしたのだから、やはり、それだけこの男が、聡子との関係がある男だということを証明しているかのように思えたのだった。
もちろん、須川が最大級の違和感を持っているので、おかしいと思ったのだが、知らない人だったら、この二人のさりげなさに、騙されたことだろう。
だが、それだけ聡子に癒しを感じ、徐々に恋心を育んできた須川にとって、目の前に現れたこの男は違和感でしかなく、苛立ちを覚えないわけにはいかない男だったのだ。
さすがに、いつものような会話をできるはずもなく、
「この男の存在が、ここまで自分を、蛇に睨まれたカエル状態にしてしまおうとは思ってもいなかった」
と感じさせたのだった。
会話のない時間が、ただ過ぎていくのがこれほど辛いことだということを、須川は思ってもいなかった。
そのうちに、さすがに居たたまれなくなったのだろう。男は、
「それじゃあ、そろそろお暇しよう」
と言って、席を立った。
その後に、須川は信じられない光景を見ることになった。なんと、男が立ち上がったのを見て、おもむろに、聡子も立ち上がったのだ。
「えっ? 君も?」
とビックリして、その次に焦りを感じた。
焦りを感じてしまったことで、何も言えなくなり、二人が、そのまま示し合わせたように、目の前からいなくなるのを、ただ茫然と見ていた。
何か会話を交わしたような気がしたが、会話の内容など、覚えているわけもなかったのだ。
「一体、何を起こったのだ?」
と思ってただ、茫然と一人取り残されたが、しばし、自分が冷静さを取り戻すまで、そこから離れることができなかった。
「どうして、俺が一人取り残されなければいけないんだ?」
これを感じるのは当然のことである。元々は、いつもの二人のルーティンであり、二人にとっても、暗黙の了解だったのだ。
それを、勝手に表れて、その場を乱しておいて、しかも、攫うように彼女と一緒に出ていくなど、
「何て奴だ」
とばかりに、男に苛立ちを抱くのは当然として、
「なぜ、彼女もこのぶしつけな男に伴って行動しているんだ?」
と感じた。
「行動させられている」
ではなく、自分から、
「行動しているのだ」
ということは、須川にとって、とても、容認できることではない。
「では、この男はどういう用事があったのだ? しかも、二人だけの用事なら、自分をまきこむ必要などないではないか?」
と思うのも当然のことだ。
となると考えられるのは、
「この俺を含めた。いや、二人にとって、今回の主役は、この俺ということになりかねないではないか」
そこまで思うと、これが、二人の計略であり、
「元カレであった、この男に、須川という男を見定めてもらったのではないか?」
としか思えないではないか。
これは、さすがに男としてのプライドが許すわけもなく、顔を真っ赤にして怒りに震えたとしても、いいレベルのことである。
それを思うと、自分だけが置き去りにされた? いや、おざなりにされたと言ってもいいだろう。
「聡子はこんなやつと付き合っていたのか?」
と思い、最初は聡子に同情的だったが、
「いや、待てよ。聡子だって、十分に納得した行動のはずだ。それでなければ、却って惨めな思いをしなければいけないレベルの問題だ」
と感じたのだ。
聡子にとっての、あの男から比べれば、ただの友達に過ぎなかった須川。聡子はあの男と別れるに伴って、自分のまわりにいる男たちに、初めて意識を向けたのかも知れない。
「この男と別れたあとに、まわりの男たちが自分をどういう目で見ていたのかということを、自分は分かっていなかった」
と感じたとすれば、それを知りたいと思っても、不思議ではない。
ただ、本当に好きだった相手と別れることになったそんな状態で、いきなり考えられるかどうかは、須川にしては、甚だ疑問ではあったが、ありえないことではない。
そこで、彼女とすれば、元カレの目から見た、自分のまわりの男たちを、
「品定め」
してほしいと感じたのではないだろうか。
そう思うと、品定めされた男たちは、まるでまな板の上の鯉ではないか。前述のように。「ピエロのようだ」
と思ったのも、そういうことだったのだ。
こんな惨めな思いをしたのは、久しぶりだった。もし、聡子がそこまでの気持ちでなかったとしても、今回の行動は、須川が知っている聡子からは、まったく考えられない他愛度を取る女だったのだ。
それを思うと、これまで聡子に感じていたあの、
「癒し」
のイメージが、音を立てて崩れていくような気がした。
「あれだけ好きだと思っていたのに」
と感じたが、次の瞬間、
「あれ?」
と思った。
「俺がいつ、聡子のことをそこまで好きだったと感じていたのだろうか?」
という思いであった。
確かに聡子という女性を、
「癒し」
の感覚で見ていたのではあったが、ここまで好きだという感情が本当にあったのだろうか?
ゆっくりと育んできたところに、あの男が登場してきたことで、嫉妬心が芽生えてしまい、
「奪われたくない」