天ケ瀬三姉妹
ただ、高校二年生というと、多感な時期であり、思春期が終わったのかどうか、微妙な時期ともいえるだろう。渡良瀬の場合、女の子を意識するようになったのは、中学三年生の頃だったような気がする、ハッキリとした時期としては曖昧だが、いきなり意識するようになったということだけは自分でも分かっている。
年齢としては、15歳くらいだっただろうか。なぜ急にそんな気持ちになったのか、何となく分かっていた。
その頃まで、女の子に興味を持つことはまったくなかった。女の子に興味を持って、学校などで、エッチな本を見ている連中を見ていて、まるで汚いものを見るような気がしていたのだ。
特に同級生の男の子など、自分のことを棚に上げて、顔にできたニキビや吹き出物を見て、
「なんて汚いんだ」
と思い、そばによるだけで、臭い匂いがしていたのだ。
実際に、オーデコロンのようなものを振りかけていることで、余計に匂いが混ざってしまい、悪臭になるのだった。
そんな状態を感じていると、悪臭以外にも思春期の男が汚らしいものであると感じる。
特に、自分にも性的反応が身体に現れているのを感じると、自分のことを棚に上げて、まわりだけが、汚らしいものに感じるのだ。
しかし、朝起きた時の下半身の変化であったり、夢精してしまっていたりするのを感じると、自分も汚らしいことが分かって、それを言い訳にしたいから、余計にまわりが汚いことを痛感させられる。
だからといって、潔癖症になるわけではない。自分だけが潔癖症になったとしても、まわりは、余計に思春期の自分たちを受け入れているようだ。
最初は男子だけではなく、女の子に対しても、汚らしいものを見るような感情にあった。だからこそ、女性を好きになるという感情が分からなかったのである。
しかし、女性に対しては、男性と違っていることに気づくと、今度は、女性というものが神秘なものに感じられた。
汚らしい男が、好きになった女性が神秘的だと思うと、
「他の男どもに汚されたくない」
と感じるようになった。
これも、自分を棚に上げてのことである。
ただ、そんな汚らしい男と、かわいい女の子が仲良く笑っている姿を見ると、世の中が信じられなくなるくらいになっていた。
「なんで、あんな連中なんだ?」
という思いである。
「あんな連中と一緒にいるくらいなら、俺と一緒にいる方がよほどいいじゃないか?」
と、これも、自分のことを棚に上げて感じるのだった。
つまり、嫉妬という感情が、他の人とは違う形で生まれたのだ。
それ以前にも嫉妬の感情があったかも知れないが、自分の中で嫉妬というものがどういうものなのかと感じたのがこの時だっただけに、この時、初めて、女性を意識したといってもいいだろう。
それは、女の子に対しての意識ではなく、汚らしいと思う男どもに群がる女の子の見る目を正したいという感覚からではなかった。
つまりは、
「俺を見ろ」
という感覚である。
そう感じてきているのに、女の子はまったく自分に靡こうとはしない。それが不思議で仕方がないのだ。
それが嫉妬であると、勘違いをしていて、その思いが思春期に女の子を意識するということへの入り口だったということで、自分でどうすればいいのか分からなくなっていた。
そんな時、自分の一番近くにいる天ケ瀬三姉妹を見ていると、
「彼女たちは、他の女の子たちとは違うんだ」
と感じるのだった。
三姉妹という特殊な関係、さらには、長女の同級生で、三人ともよく知っているという関係性から、
「異性として、女の子として見る」
という感覚とは違っているように思えたのだった。
特に長女の頼子に対しては。
「まるで、大人の女性のような雰囲気を感じる」
というもので、女の子という意識よりも、
「お姉さんか、母親」
という感覚になることで、感じているものが癒しだということが分かるまでに、少し時間がかかるようだった。
そういう意味もあってか、同級生であるにも関わらず、なぜか頼子とは接点がないような気がしていて、
「頼子を好きになるということはないかも知れないな」
と、感じた渡良瀬だったのだ。
次には次女のゆかりだった。
ゆかりとは、苛め事件の時に親しくはなったが、あくまでも、今度は自分が、
「おにいちゃん」
という感覚だった。
姉の頼子に対して、お姉さんという感情を抱いていることで、ゆかりに対しては、同級生くらいの感覚はあったのだが、年子ではなく、二つ離れているというところが同級生を通り越す感覚だった。
しかも、中学校、高校と、思春期の間に、自分がゆかりと同じ学校(学校は違っても、同じ中学生という感覚)になれるというのは、ゆかりが一年生の時で、自分が三年生だ、つまりは、進学のために、受験というものが控えているということになり、それどころではないということであった。
それに、ゆかりは頭がよく、自分はそれほど成績もパッとしないことから、最初から劣等感のようなものを抱いていたので、ゆかりのことを、女性として意識することはなかったといってもいいだろう。
ゆかりには、そんな意識はなかった。中学生の頃までは、渡良瀬には、
「自分は何においてもかなわない」
と思っていた。
それは勉強についてもそうなのだが、苛めに遭っていた時、
「せめて勉強では負けたくない」
という思いもあって、一生懸命に勉強したことで、渡良瀬を追い越してしまったのだろうか?
いや、そもそもゆかりは頭がいいというのか、要領がよかったのだ。勉強も最初の頃は、うまく頭が絡まっていかず、
「自分で納得できないことは、いくら勉強しても身につかない」
と思っていた。
それだけに、
「歯車がかみ合えば、できるようになる」
という思いを抱くようになると、これがうまくいくもので、一つ理解できるようになると、今度は教科の枠を超えて、分かるようになってきた。
それが、勉強ができるようになったきっかけであり、
「納得こそが、私にとっての歯車なのかも知れないわ」
と感じるようになった。
そのおかげで、勉強がはかどるようになり、勉強するのが楽しくなってきた。
だから、勉強は別に苦にならない。逆に勉強を怠る方が怖いくらいだった。
二年生の頃にはすでに三年生の問題集を解くようになっていて、三年生になってからすぐ、高校受験の過去問を解くくらいになっていた。だからといって、早くゴールに近づいてしまうと、本番までに時間がありすぎるので、ペースダウンもうまくやらなければいけなくなった。
おかげで、ゆかりの方から高校二年生の渡良瀬に誘いを掛けたりしていたのだが、
「受験勉強に差支えがあるんじゃないかい?」
と、却って気を遣わなければいけないという思いがあった。
しかし、実はここでゆかりと一緒にいることになると、今度は自分に都合は悪いと思うようになっていた。