天ケ瀬三姉妹
そこには、先ほどの木の幹はなく、普通に足が二本生えていた。普通なら、
「ああ、よかった」
と思うはずなのに、足を見た瞬間、木こりは絶望感に襲われたのだ。
そう、木こりの下半身は、先ほどまでの少年の足になっていて、下半身が入れ替わってしまったのだ。
それまで木こりは少年のことを、
「妖怪なんだ」
と思っていたが、違ったことに気づいた。
「少年は妖怪の手によって、足を奪われ、ここにいただけなんだ。誰か身代わりになってくれる人を見つけない限り、自分はずっとこのままここにいるしかなかった」
ということを悟った。
「一体どれくらいの間ここに?」
と聞かれた少年は。
「いつくらいだろう? 数十年はここにいたと思う」
「数十年? そんなにいたのにまだ少年なのかい?」
「うん、ここでは年を取らないようだ」
と言われて、木こりはゾッとした。
「じゃあ、年を取ることもなく、ずっと誰かを待ち続けるしかないのか?」
というと、
「そういうこと。誰かが来て、さっきおじさんが握ったあの水晶を誰かに握らせれば、入れ替わることができて、自分は晴れて自由になれるということさ。おらも、同じように、水晶を手に持ったんだ。その水晶に妖怪が宿っているようで、その水晶を壊したりしようものなら、永遠にここから逃れられなくなってしまうんだ。もっとも、その水晶が壊れることはないけどね。ここで待っている人間が壊そうとしないかぎりね」
と少年は言った。
「じゃあ、俺はこのままここで、誰かが来るのを待ち続けないといけないのか?」
「そういうこと。たまに、人間が入り込んでくるタイミングがあるらしいんだけど、詳しいことは分からない。何しろ、ここでずっといるだけで、時を知らせるものもない。何度も日が昇って、日が沈むのを繰り返してきたけど、数えるのも、面倒くさくなり、もうどうでもいいやって気になってくるだろうね」
「じゃあ、君はこれから自由になったというわけか」
「でも、怖いんだ。とてつもなく怖いんだ。今までずっと守られていた気がしたからね。そこまでの心境になると、誰かが現れるんじゃないかな? おらがそうだっただけにね」
と少年はいう。
どうやら身体は少年でも、精神的には大人になりきっているようだ。ひょっとすると悟りのようなものすら感じているのかも知れない。
「怖いのに、自由の方がいいというのかい?」
「分からない。分からないんだけど、おじさんが来てくれたことで、急に自由になりたいという意思が生まれたんじゃないかな? 今おじさんが手にしている水晶があるでしょう? その水晶は、おらがその気にならないと現れないだ。その水晶がないと、僕が自由になれないということは、今おじさんが目の前で見て分かったことだよね? つまりは、おらがその気にならないと、自由にはなれない。そして自由になるには、誰かがここに来ないと自由にはなれないんだ」
「じゃあ、君がここに来てから、今までに誰かが来たことがあったかい?」
「うん、何度かあったよ。でも、一度は水晶が目の前に現れなかった。その時は、後から考えると、元の世界に戻るのが怖かったんだね。ここでは、食事をしなくてもおなかがすかない。眠らなくても眠くならない。だけど眠くなると普通に眠っているんだよ。身体だって固くなるわけではない。そういう意味では居心地はいい。さらに、年も取らない。死の恐怖というものはないんだ。ただ、あるのは死ぬほど退屈な毎日、今がいつで何時なのかなど気にすることもない。ただここにいるだけなんだ」
「不安にはならないのかい?」
「不安を感じることはない。そもそも不安っていったい何なんだい? 死ぬこと? 苦しいこと? それとも、孤独なこと? ここにいると分からなくなってくるんだ。このままこうしているだけで、これが幸せなんだって思うと、本当にそう思えてくるのさ。かつて自由に動けた時代を思い出すこともない。疲れることもないんだから、そりゃあ、そうだろうね。自分の身体でありながら、自分の身体ではない。そうなると、考える必要もない。次第に何も考えることがなくなると、死ぬほど退屈だと思っていたその思いもなくなってくる。そもそも、死という概念がここにはないんだからね。死も苦もない。あるのは何も考えないでもいいという自由だけさ。身体の自由の代わりに、精神的な自由を手に入れたと思っていたんだよ」
「うーん、分からないな」
「それはそうだろうね。おらだって、今ここにこうやっていると、前にここで入れ替わった時が、まるで昨日のことのように思えるくらいさ。人間なんて、しょせん、一つの枠でしかものを考えることができない。そのくせ、人間以外の動物はものを考えることなどできないから、自分たちが一番高等な動物だと思うのさ。つまりは、驕り高ぶりってことかな?」
と、話を聞いているうちに、
「これが本当に少年が喋っていることなのだろうか? この少年には、妖怪が乗り移っているのではないだろうか?」
と感じる。
ただ、妖怪というものが、この少年の身体を借りて喋っているとすれば、この男に何が言いたいのかを考えさせられる。
この話は、おとぎ話としてみたのか、それとも、童話として誰かに聞いたのか忘れたが、ここまでハッキリと詳しく聞いたという意識はない。話を聞いた中で、渡良瀬少年が、想像してのことなのかも知れない。
「中学生くらいになれば、これくらいのことを感じることができるようになるんだな」
と感じたものだ。
この話を思い出したのは、小学生の頃に一度、どこかで思い出し、中学に入ってから、またふと思い出したのだ。やはり、ゆかりが苛められているというのを知った時だったのかも知れないと感じたのだ。
「人を助けようとしても、自分にそれ相応の力がないと、引きつりこまれることになる」
ということを、思い知った話だった。
しかも、苛めというのは、下手に年上が助けに入ると、苛めっこの感情を刺激することになる。
「大人を味方につけやがって」
という感覚である。
そうなると、余計に苛めが激しくなり、苛めに対して、
「なるべく平穏無事にやり過ごすのが一番だ」
ということで、相手に逆らわないようにすることが一番だと思うようにしていた。
だから、親にも先生にも自分が苛められていることを知られないようにしている子供も結構いたりする。
大人は、特に親は自分の子供が苛められているとすると、すぐに先生のせいにして、学校に怒鳴り込んでくる。
しかも、自分の子供は悪くないという態度でやってくるのだ。
それが正しいとしても、いきなり親が親の立場で、学校や先生を非難して抗議してくるのであれば、学校側も、面白くはないだろう。いくら、
「保護者に逆らってはいけない」
などというマニュアルがあったとしても、先生の方としても、
「親の教育がなってないからではないか」
と言いたいのを必死に堪える。
こうなってしまうと、先生と親とは仲たがいをするしかない。そんな仲たがいに対して、子供はどうすることもできず、子供は子供で苛めが継続するしかない。しかも、
「親に言いつけやがったな?」