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天ケ瀬三姉妹

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「皆病人なのだから、これくらいの食事がちょうどいいのだろうな?」
 と、渡良瀬は感じたのだった。
 食事を終えて、トイレに行こうと立ち上がると、ナースステーションがあり、その奥は赤々と電気がついていた。
「何か見覚えのある光景だ」
 と思ったが、
「そっか、昨日入った集中治療室だ」
 と分かるまでに少し時間が掛かった。
 あの時はすべてがあっという間のことだったのだが、それ以上に、目の前を走馬灯が通り過ぎていったかのように感じ、まるで、連続写真を見ているような、コマ送りに見えたのだった。
 中に入ろうとすると、案の定、
「すみません、どちらまで?」
 と、救急のナースステーションで呼び止められた。
「ああ、昨日交通事故で救急搬送された女の子の知り合いのものです」
 というと、一瞬、疑いの目があったが、
「ああ、輸血に協力していただいた方ですね?」
「ええ、そうです。ところで彼女はこの中に?」
 と聞くと、
「いいえ、手術を受けられて、今は救急ではない集中治療室の方に入っておられます」
 ということであった。
「それはどちらですか?」
「あのエレベーターで三階にいかれて、エレベーターの前にナースステーションがありますから、そこでお聞きください」
 と言われた。
 手術前の輸血のためだったので、救急と同じ一階の処置室に渡良瀬は休まされていたようで、とりあえず、ゆかりの顔を見たいということで、三階まで行ってみることにした。会えるかどうかは、術後ということもあり微妙なところであるが、行ってみないことには気が済まない。
 エレベーターの三階を押して、ゆっくり上がっていくエレベーターにもたれていた。さすがに病院だけあって、ゆっくりなエレベーターだった。
 三階に降り立つと、確かに目の前にナースステーションがある。変な侵入者を見張るという意味でも、エレベーターの前にナースステーションがあるのだろうが、非常階段を使ったとすれば、その限りではない。病院というところのセキュリティや監視がどうなっているのか、興味を持ったものだった。
「すみません。昨日手術を受けた、天ケ瀬ゆかりさんの知り合いなんですが」4
 というと、
「はい、今しがた一階から連絡がありました。ここをまっすぐに行って、左側のICUを書かれたお部屋になります」
 ということで、渡良瀬は、またゆっくりと廊下を歩き始めた。
部屋の数は結構あるようで、途中にいくつものソファーが置かれていて、それも、病院にしてはフカフカの、どこかのホテルのような感じがするところだった。
 ここは、大学病院でもこのあたりでは結構でかいところだということは知っているので、朝の寒さも身に染みるほど、廊下も広さを感じさせた。
 一番向こうが非常階段なのか、そこから朝日がすりガラスを通して差し込んでくる、それが逆光となって、眩しいのだが、ICUの前のソファーに一人女の子がウトウトしているのが見えた。よく見るとそこにいるのは、三女のはるかだった。
「どうしたんだい? はるかちゃん。こんなところにいると、風邪を引くよ」
 というと、
「ああ、おにいちゃん。大丈夫、ここは温かいから」
 というが、確かにここは、思ったよりも温かい。暖房がかなり効いているのだろう。
 いや、そういう問題ではなく、なせ、はるかだけがここにいるかということである。中に入ればいいものを、どういうことなのだろう?
「お姉ちゃんは?」
「さっき目を覚ましたみたいで、お母さんと一緒に中で、お話してるんじゃないかな?」
 ということだったが、それよりも、はるかのことが気になってしまった。
「じゃあ、僕もちょっとここにいてみようかな?」
「いいの? 嬉しいわ」
 と言って、はるかは、身体を預けてきた。
 この子は、こういうところはあけっぴろげというか、変に人に気を遣わない。渡良瀬はそこが彼女のいいところだと思っているのだった。
「私ね。お姉ちゃんに悪いことしたのよ」
 とはるかが言い出した。
「ごめんね。お兄ちゃん。あのデートしてくれた日があったでしょう? あの時、本当はお姉ちゃんの用事を強引に作ったの。私だったの」
「どうしてなんだい?」
「だって、お兄ちゃんと思い出を作りたかったんです。お兄ちゃんは、お姉ちゃんのどっちかときっと結ばれると思ったので、私は身を引かなければいけない。でも、思い出も何もないというのはつらいので、お姉ちゃんを欺いちゃったの。だから今回のような事故が起こったりしたんだわ。私がお姉ちゃんを騙したりなんかしたから」
 といって、静かにしかし、大粒の涙を流すのだった。
「お兄ちゃんにも悪いことをしたと思うの。だから、お姉ちゃんたち、二人が不幸にならないようにしてほしいの。もう、私も悪いことはしないから」
 と、言って、涙で濡れた目を、渡良瀬に向けた。
 渡良瀬はそれを聞いて、
「ひょっとすると、ゆかりははるかの計画を知っていたのかも知れない」
 と感じた。
 渡良瀬は、今回の事故で分かったことがあるような気がしたのだ。
「ひょっとして、ゆかりは、二人とは血がつながっていないのではないか?」
 と感じた。
 もちろん、根拠も信ぴょう性も何もない。ただの思いつきだ。
 しかし、もし、信ぴょう性があるとすれば、
「自分に、種違いの兄がいた」
 ということである。
 両親のどちらかが違っている兄弟を持つ人間には、そのことが分かる気がしたのだ。
 それが根拠のあることだとすると、ゆかりが気づいたのであれば。頼子やはるかが気が付いたとしても、それはまったく無理のないことであろう。
 この間、はるかがデートの途中で急に、
「ごめん。お兄ちゃん、今日は私このまま帰るわ」
 と、遊園地の後、夕飯を食べたあと、デザートのおいしいお店を考えていたのだが、食事の途中くらいから、はるかは、何か思いつめた様子だった。
 だから、急に帰るといったはるかに対して、引き留めることはできなかったのだった。
 その時の様子がおかしかったことで、
「ゆかりと何かあったのかな?」
 と思った。
 ただの姉妹喧嘩ということではなかったのだ。
 それを思うと。ゆかりの態度も、はるかの態度も、さらには頼子の様子も、何かいつもと違って見えた。しかし。それだけではない。きっと渡良瀬自身も、想像以上に違っていたことなのだろう。
 渡良瀬が今考えていることは、
「天ケ瀬三姉妹だけを切り取って考えるのではなく、俺も含めた四人で考えないといけないところだってあるんじゃないかな?」
 と思った。
 もし、はるかが、今渡良瀬を自分の悩みの中に入れずに考えているとすれば、出るはずの答えは出ないような気がする。かといって、それを、二人の姉や、渡良瀬に聞くというのは、違う気がする。
 さらにもう一つ考えることとして、
「ここに、今は亡き、僕のおにいちゃんがいたとすれば、輪の中に入れなければいけないのではないか?」
 と考えた。
 さらに、
「自分があの三人の中で一人を選ぶとすれば、それは、ゆかりなんだろうな?」
 と感じた。
「それは同じ血が流れているというだけではなく、ゆかりが、一人だけ血がつながっていないからだ」
作品名:天ケ瀬三姉妹 作家名:森本晃次