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天ケ瀬三姉妹

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 と横にいた看護婦に思わずつかみかかるようになった、
 そうしないと、バランスを崩してベッドの上から転げ落ちそうだったからだ。
「大丈夫ですよ。無事に成功し、今彼女も麻酔から覚めるのを待っているところですね」
 と、つかみかかられた看護婦は、ニッコリと笑って、渡良瀬の掴んだ腕をやんわりと払いのけた。
「ああ、これは失礼しました。でも、成功したんですね。それはよかった」
 とホッとすると、
「渡良瀬さんの方も、きつかったでしょう? 輸血の方、ありがとうございました」
 というのを聞いて、
「あれ? 僕、自分の名前言いましたっけ?」
「ええ、輸血の前に、サインした書類を見たんですよ。でも、それだけではないんですけどね」
 と言っているうちに、この部屋に女性が一人入ってきた。
 見覚えのあるその女性は、ニコリと笑って、
「渡良瀬君、本当にありがとう」
 というではないか。
 この場面の当事者として、自分のことを、
「渡良瀬君」
 と呼ぶのは非常に限られている。
 そう、目の前にいるのは、すぐに誰だか分かった。照明が後ろからかかっていて、完全な逆光になるので、顔を確認することはできなかったが、特徴のある声と喋り方で、そこにいるのは、頼子だということはすぐに分かったのだった。
「渡良瀬君が輸血してくれたおかげで、ゆかりも無事に手術ができたみたいでよかったわ。本当に感謝する」
 と言って、半分涙目になっていた。
 先ほどの喧騒とした雰囲気で、かなり危険な状態だったのかということは想像がついたが、それにしても、あの頼子がウルウル来ているなんて、さっきの喧騒とした雰囲気をまた思い出させるくらいの衝撃であった。
「無事に終わってよかったと思っているよ」
「うん、本当にありがとう」
「ゆかりちゃんは大丈夫なのかい?」
「うん、命に別状はないし、見えるところに傷も残ることはないということを言ってくれていて、本当は死んでいてもおかしくない状態だったようなことも言っていたわ」
 ということだった。
 やはり女の子なので、目立つところに傷が残るのは問題である。まずは命の問題が最優先で、命に別条がないということであれば、思春期の女の子として心配するのは、傷がどれほど、どのような形で残るかということであろう。
 特に顔などに傷が残ると、これから恋愛をして結婚ともなると、大きな問題になりかねない。
 だから、目立たないところであっても、傷が残るというのは、本当はいいことではないのだろうが、大手術をしたのだから、傷口が完全に残らないというのは、無理な相談に違いない。
「今は医学もかなり発展しているので、だいぶ傷も残ることはないと先生も言ってくださったので、私たちも安心しているところなの」
 という話になっていると、そこに、ゆかりの母親と、三女のはるかが入ってきた。
 ゆかりの母親は、それこそ、頼子が落ち着いているにも関わらず、安心したという感情と、先ほどまで、精神的にひどかったことを思わせる雰囲気が醸し出されていた。
 相当、精神的に苦しかったということを察することができて、お礼をいうのも、先ほどの頼子の比ではないということも、察してほしいというほどだった。
 そんな母親を見て、労う顔をしている頼子だったが、その隣にいるはるかの表情が、まだ怖ったままでいるのが気になっていた。
 姉が交通事故に遭ってしまい、死ぬか生きるかというところだったのだから、中学一年生のはるかにとっては、ショックが相当なものだったのだろう。
「やっぱり、姉妹なんだな」
 と感じたが、それにしても、ここまで顔色が悪いというのも、精神的なショックははかり知れない。
 この三人は、姉妹と親子という関係でありながら、ここまで極端に一人一人が違うというのも、それだけ事故が大きかったということだろうか。それを思うと、感じてはいけないことなのかも知れないが、
「もし、事故にあったのがゆかりではなく、他の姉妹の誰かだとすれば、ゆかりなら、どんなリアクションを示すだろう?」
 と考えてしまった。
 不謹慎であることは分かっているが、思ってしまったものは仕方がない。
「ゆかりだったら、意外と、表情に出さないかも知れないな」
 と感じた。
 もちろん、ショックは大きいだろう。それ以前に、被害に遭ったのが、姉であるか、妹であるかということも大いに影響しているかも知れない。
 それを思うから、表情に出さないのではないかと感じたのだ。
 実際に一緒に育った兄弟のいない渡良瀬に、分かるわけはないのかも知れないが、次女であり、三姉妹の真ん中という立場は、まわりの皆が思っているよりも、かなり微妙なものではないだろうか?
 姉に対しては、察してあげなければいけない場面があったり、妹に対しては庇ってあげたり、導いてあげないという思いであり、さらに、二人が険悪なムードになった時、切れてしまわないように、結びつけておくという重要なポジションであろう。
 姉や妹は、それぞれに自分の性格を表に出せばいいが、真ん中はそうもいかない。そう感じたから、無表情なのではないかとおもうのだった。
 ゆかりの気持ちを分かっているつもりだろう頼子も、結構自分勝手なところがある。自分勝手と言っても、妹たちを放っておくという意味ではなく、自分の気持ちが姉妹の気持ちに結びつくという覚悟のようなものを一番持っているのが、頼子ではないだろうか。
 逆に末っ子のはるかは、とにかく天真爛漫だ。
 一度、ゆかりがこれないからと言って、自分がデートに出てくるくらいに天真爛漫さを持っていることで、
「誰からも好かれる子なんだろうな?」
 と思っていた。
 これは後から知ったことだが、そんなはるかの性格を少し上の人たちは、分かっていて、本当は嫌いなのだが、それを表に出してしまうと、妹苛めが問題になるということで。その矛先がゆかりに向いた。
 それが、ゆかりが、
「苛められっ子だった」
 という事実であったのだという。
 その時はそんなことは知らなかったので、はるかや頼子のことを考えていたが。頼子や母親はいいとして、はるかのあの青ざめた、そして思いつめたような表情は何なのだろう?
 姉は大丈夫だということを聞かされたはずだ。あの天真爛漫で、細かいことをほとんど気にしないはるかからは想像できないくらいだ。
「姉が事故に遭って、こんなことになりショックだ」
 ということであれば、分からなくもないが、自分の知っているはるかが、ここまでおっちこんで、立ち直る気配すら見せないというのは、本当に信じられないようなリアクションだったのだ。
「どうしたんだい? はるかちゃん」
 と、声をかけていいものかどうなのかを考えてはいたが。思い切って渡良瀬は聞いてみた。
 はるかは、まわりを見渡して、
「まさか。お姉ちゃんが事故に遭うなんて」
 と言って、顔を伏せたが、
「まだ、小さいあんたには、ちょっと荷が重たすぎたのね」
 と、母親が労っていたが、頼子は少し違う感情を抱いているようだった。
 それは、渡良瀬と同じ感覚のように思う。
作品名:天ケ瀬三姉妹 作家名:森本晃次