天ケ瀬三姉妹
というのが、二人の共通した感覚で、本当に、時間を忘れていつも二人で話をしたものだった。
時々、頼子と夢の話などをするようになってから、頼子との会話のために、怪奇現象であったり、超自然現象などについて、自分でも勉強するようになっていた。
その頃から、相手によって話を変えても大丈夫なように、幅広い知識を得たいと思うようになり、特に三姉妹に関しては、それぞれ話をできるようにはしておいた。
長女の頼子と話をする時は、前述のとおりであるが、次女のゆかりに関しては、歴史の話が多かった。
「最近では、歴女とか言って、女の子も歴史の話題に入ってくることが多くなったといわれているようだけど、それは一部であって、まだ皆女の子って基本的に歴史は苦手な学問と言われているのよね」
と言っているゆかりは、その頃はまだ小学生の四年生の頃だった。
学校では歴史の授業のようなものはなく、あるとしても、自分の住んでいる町は、その町が所属する都道府県を習うのだが、そこの歴史くらいである。
だから、
「歴史の授業」
というような、○○時代や、その時代においての人物についてなど、まったく知らないに違いない。
それなのに、
「どうして、歴史に興味を持ったんだい?」
と聞くと、
「学校で、わが町のことを社会の授業で習うでしょう? でも、何も繋がってこないのよ。それを先生にいうと、先生が、じゃあ、歴史を勉強すればいいっていうのね。歴史というのは、勉強してみると分かるんだけど、時間が過去から未来にしか流れないのに、それを、過去を現代に見立てて、未来に対して勉強するのが歴史だと先生は思っているって言ってくれたの。それを聞いて私は何か、そこで歴史って面白そうだって思ったのよ。私は、現代から、過去や未来というものを見つめることが好きなんだって感じたんだけど、これは歴史だけではなくて、科学的な意味においてもね。だから、歴史は、科学のために、科学は歴史のために勉強しようって思ったのよ」
というのだった。
小学四年生で、よくもそこまで考えられたものだと思ったが、中学生になった自分が、どこまで真面目に学問を考えているかを思うと恥ずかしいくらいだった。
ただ、ゆかりの失敗はそこにあった。
その頃から、苛めが起こるようになったのだが、それは、自分の教養をひけらかすような真似をしてしまったからではないかと思ったのだ。
確かに勉強を時分でする分にはいいが、人に押し付けたり、自分の考えをすべて正しいとして、相手の考えを否定したりすると、ロクなことはないだろう。
それをやってしまうと、まわりは、劣等感を持ってしまう。それが分かってしまうと、完全に上から目線になり、自分一人では敵わないと思うと、他の同じように考えている人を仲間に引き入れる。そして、団結が結ばれると、数に物を言わせて、力でねじ伏せようとする。
それが苛めなのだが、元々劣等感から始まっているので、絶対に背中を見せないようにしないといけない。そのためには、容赦があってはいけない。だから、苛めを受けている方は、
「どうして、そこまでされないといけないんだ?」
と思えてくるのだ。
それを思うと、相手に容赦がなかった理由を、おぼろげながらにゆかりは分かっていたのではないだろうか。
そうなると、自分がとる手は一つしかない。
「相手になるべく逆らわずに、何とかやり過ごすしかない」
ということであった。
自分が逆らってしまうと、相手は警戒し、余計に攻撃力をつけなければいけないということで、仲間を増やす。そうなるとせっかく終息に向かっていたかも知れないことを蒸し返すことになるのだ。
だから、決して自分から逆らおうとはしない気持ちが大切なのだ。
そんな頃に、ゆかりが苛めに遭っていることを知った渡良瀬は、余計なことをして、ゆかりが考えていることを壊すのはいけないことだと思い、慰めるしかできなかったが、それが結果的にゆかりのためになったのを、本人は意識していない。ゆかりが一方的に助けてもらったと喜んでいるだけだった。
当時、ゆかりには、
「ちひろ」
という友達がいた。
「いくらまわりに誰もいなくなっても、私は、ゆかりちゃんの味方だからね」
という、少しグサリと来る言葉をいう女の子だった。
本人には悪気はないのだが、さすがに、本当にまわりが敵だらけの四面楚歌状態では、余計にショックに感じる。
ただ、ちひろは、ゆかりの味方だといってくれたのは、本当だった。苛めに遭っている時も、さっと走ってきて、ゆかりを庇ってくれる。
「ありがとう」
というと、してやったりの表情になる。
思ったことが顔に出てしまうタイプで、ちひろの表情を見ていると、却って癒される気がした。
だが、どこか、上から目線なのは気になった。上から下を見る時というのは、下から上を見る時よりも、実際には遠くに見えるものだ。
それは高所恐怖症の人間にとっては、特に実感することであって、ゆかりもちひろも、どちらも高所恐怖症なところがあるので、よく分かっているはずだった。
しかし、実際にそれを分かっていたのは、ゆかりだけだったようで、ちひろは時々してやったりのその表情が、上から目線になっている時がある。それを感じた時、
「少し怖いな」
とゆかりは思った。
しかし、それは本当に、
「少し」
という程度で、そこまで気にするほどのものではないと感じたのだった。
だが、それはあくまでも言い訳でしかなく、
「ちひろを信じたい」
という気持ちが、ゆかりの中に強すぎたのだ。
その思いが、信じたいはずなのにという思いに転換し、ひいては、
「信じられない」
ということを、自分で露骨に感じているということを示しているかのようだった。
「ちひろちゃんは、高所恐怖症なんだよね?」
とゆかりが聞くと、
「うん、そうだよ。ゆかりちゃんもでしょう?」
というではないか。
「そうなんだけど、ちひろちゃんは、高いところから低いところを見ると、怖いと思わないの?」
「思うわよ。だって、目がかすむんですもん。じっと見ていると、遠近感が取れなくなって、そのまま真下に真っ逆さまに落っこちるんじゃないかって思うくらいなのよ」
「そうなんだ。私もそうなんだけど、でも、下から誰かが上から見ているちひろちゃんと目が合ったりした時はどんな感じ?」
「そうね、よく分からないけど、目線が怖いって感じると思うわ。でも、今までにそんな感覚になったことなんかなかったので、分からないわ」
ということであった。
それを聞いて、
「ああ、やはりこの子は、自覚症状がないんだ」
と感じたのだ。
自分が上から目線で下を見ているという自覚症状である。
ということは、無意識な視線なのだろうか?
そう思うと、ちひろにとって、ゆかりという人間を、
「いかに軽く見ているか?」
ということなのだろう。
自分の欲求不満を解消するすべをゆかりに求めて、ゆかりを助けているという、
「勧善懲悪」
な気持ちが強すぎることから、上から目線という感覚がマヒしているのかも知れない。