天ケ瀬三姉妹
そう思うといろいろ思い出してこれるような気がした。
例えば、正夢と呼ばれるような夢を見たことがあったような気がした。その時に、誰かが夢の中で出てきたような気がしたのだが、その人というのは、自分の知らない人で、そもそも夢というのは、自分だけが創造して見るものなのだから、知らない人という人が出てくるはずはないと思っていた。
もし出てきたとしても、その人を、自分の中で、
「知らない人だ」
と意識するはずなどなかったはずだ。
その時の夢というのは、確か遠足の前の日のことだった。遠足の前の夜というと、いつも気が立ってしまっていて眠れないというのが定番だった。
その日も類に漏れず、最初はなかなか眠れなかったはずなのだが、気が付けば眠っていたようで、そんなときほど、不可思議な夢を見るような気がしていた。
その時に出てきた光景は、滝つぼの前にいるという光景だった。
水しぶきがすごくて、霧のようになっていて、足元はドロドロで、べとべとした状態だった。気を付けて歩かなければ、転んでしまいそうで怖いくらいである。
水しぶきと、霧がかかっているようになっていることで、ほとんど目を開けられないような状態だった。
その時、まわりに自分の他に誰もいなかった。そのことをその時は不思議に思わなかあったのだが、この滝の光景というのは、翌日の遠足の一場面として、有名な滝があるということは、前もってもらっていたパンフレットで知っていた。そして、そのパンフレットに乗っていた光景の壮大さに、写真といえども、感動して、前の日に夢に見たということは分かっているので、その夢に他に誰も出てきていないのは、おかしいと思うのだった。
少し歩いていくと、そこには、小さな祠があった。
小さいといっても、滝がある先にある祠なので立派な形で作られていて、そこには大福のようなものが備えられていた。
その横に、何かまあるい影が見えたのだった。それは少し蠢いていて、じっと見ていると、太った人間の影のようだった。
その影はすぐに走り去り、そのスピードの速いのなんの。ひょっとすると、人だと思っていたそれは、イタチかキツネのような獣だったのかも知れない。
もっとも、そんなころにキツネやイタチが本当にいるのかどうかよくわからないが、何かがいて、一気に走り去ったということだけは意識として残っていたのだった。
走り去った影を見ていると、いつの間にか眠ってしまっていて、夢から覚める自分を感じた。
目が覚めるにしたがって、夢は忘れていき、完全に目が覚めた時には、ほぼ忘れていた。それを思い出させてくれたのは、その人遠足でのことである。
皆で滝までいき、
「ゴー」
という音で耳を塞いでいると、他の音がまったく入ってこない。夢で見たように、目も開けられないような水圧と水しぶきで、まわりを意識すると、誰のいないような感覚になったのだ。
「あれ? これって、昨日の夢で見たのと同じなのか?」
と思うと。いろいろ思い出してきたのだ。
「そうだ、ちょっと行くと、祠があるはずだけど」
と思っていると、確かに夢に出てきた祠があった。
「これって正夢なのか?」
ということを感じたが、次の瞬間、
「以前、これとよく似た光景を、他の場所で見た気がしたな」
というのを思い出した。
正夢といえるかも知れないが、
「見たこともないはずの場所を創造したのだ」
という感覚ではなかった。
それを考えると、非常に不気味な気がした。そのことを人に話そうかとも思ったが、どうせ笑われるのがオチだった。
「もし、笑われたりしない相手がいるとすれば、頼子しかいないような気がするな」
と思い、その時に、頼子に話したのだった。
頼子は、
「ああ、それは正夢のようなものなのかも知れないわね」
と言ったが、
「でもね、正確にいうと、正夢というものではないと思うのよ」
「どういうことなんだい?」
「あなたが見たのは、次の日に起こったことを初めてそこで見たわけでしょう? ということは、それは予知夢じゃないかと思うの。だから、きっと、何かの暗示のようなものがそこにあったんじゃないかと思うんだけど、違った?」
と聞かれて、
「そういえば、その時、一人行方不明になった子がいた。その子は、ちょうど、皆とはぐれた上に、前がよく見えないということで、少し慣れてくるまで、その祠の裏に潜んでいたんだということだったんだ」
というと、
「ほらね? あなたが夢で見たその白い影というのは、その友達を暗示するものだったんじゃないかしら?」
というではないか。
「へえ、頼子は、よくそんなこと知ってるね?」
というと、
「私、夢について興味があるの。だから、最近よく図書室で、夢について書かれている本を読んだりするのよ。そこには夢の種類が書かれていて、興味深い話がいっぱい載っているのよね。だから、結構詳しいと思うわ」
「予知夢と正夢って、違うんだろうかね?」
「うん、厳密には違うものなんだって、正夢というのは、いいことも悪いことも、そのまま見るんだけど、予知夢というのは、何かメッセージ性があったり、暗示のようなものが含まれている。だから、渡良瀬君の見たその夢というのは、予知夢に当たるものだと思ったのよ」
と頼子は言った。
「何かの暗示とかいうと、霊能力だったり、妖怪のようなものを感じるんだけど、そういえば、あの場所に祠があったんだけど、何か関係あるのかな?」
「あるかも知れないわね。夢というのは、人間が魂だけになって、身体から離れようとしていて見るものではないかって考えている人もいるからね」
といって頼子は、実におかしそうに笑った。
「ふふふ、ごめんなさいね。それを考えているのは、この私なの。ただ、本には、そのことについて触れてはいないけど、私が思っているんだから、他にも思っている人がいても不思議はないわ。それこそ、何か霊能力のようなものを感じるのは、おかしなことなのかしらね」
と、頼子は続けて言った。
「でも、その意見。まんざらでもないような気がする。僕も聞いていて、本当にそうなのかな? って思えてきた。でも、僕は怖がりなので、認めたくないという思いがあるのもウソじゃないんだ。だから、話を聞いただけで、納得できるかどうかというのは、何ともいえないところな気がするよ」
と、渡良瀬は言った。
これが小学生の会話だと思うとすごいものだ。
普段であれば、絶対にこんな話をするなど考えられない渡良瀬だったが、たまに頼子がこういう話が好きで、よく二人で話をしてきた。もちろん、自分たちの身近で起こったことなど何一つないので、すべてが、空想物語だったのだ。
それだけに、いくらでも勝手な発想ができることで、怖いという感覚はなかった。頼子は、
「渡良瀬君と話していると面白いわ」
といってくれた。
話は、きっかけになるような話題を最初に渡良瀬が持ってきて、そこに頼子の知識と発想が着色をする。そしてそれについて渡良瀬が興味を持ったことを話すと、どんどん話題が広がっていくというのが、いつものことだった。
「時間の感覚がマヒしてくるようだ」