天ケ瀬三姉妹
「そっか、来てみたいと思っていたお店に行く相手として、僕を選んでくれてありがとう。嬉しいよ」
と渡良瀬がいうと、
「そんな……」
といって、あからさまに照れていた。
これは、演技というよりも、自分の心を見透かされたくないけど、正直嬉しいということを知らせたいという気持ちの表れな気がした。少し自惚れかも知れないが、渡良瀬は、自分が天ケ瀬三姉妹とは、三姉妹すべてに対しても、三人三洋、それぞれに対しても特別な関係なのではないかと思っているのだった。
そんな感情があるから、彼女たちの一挙手一投足を見逃せない気がしたのだった。
さっきまで、
「この間まで小学生だった」
とはるかに対して感じていたということを忘れてしまっているほどに、このお店にはるかは似合っているようだ。
今日初めておめかしをしてきてくれたのであれば、素直に嬉しいし、もしはるかが自分のことを好きだと思ってくれているのだとすれば、その気持ちを壊したくもないと思った。
ただこれが、恋愛感情なのかと言われると微妙な気はするが、さっきまでゆかりとデートをするつもりだった自分の豹変ぶりに、我ながら驚かされるほどだった。
パスタランチが二種類あり、
「それぞれ別々のものを取って、シェアして食べるっていうのは、どうかしら?」
と、はるかの提案だった。
「それいいね。ひょっとすると、天ケ瀬家では、そういう食事の仕方もあるということかな?」
「ご名答。これ、結構頼子姉ちゃんが好きなやり方なの。私たち妹も、お姉ちゃんの意見に賛成で、よくこうやってシェアして食べていたものよ」
と、はるかがいうので、
「この姉妹は、どういうお店が好きなんだろうな?」
と思った。
「店を決めるのは、頼子なのか、それとも、妹たちに決めさせるのか。どちらなのか?」
ということを、渡良瀬は感じていた。
それにしても、この明るい店の感じは、最近では久しぶりな気がしていて、それをこの間まで小学生だった女の子に教えてもらうなどとは思ってもみなかった。高校二年生にもなって、デートの一つもしたことがない自分を、恥ずかしく感じてしまう、渡良瀬だったのだ。
「はるかちゃんは、デートとかしたことあるの_」
と聞くと、
「いいえ、ないわよ。だって、最初にデートする相手は最初から決めていたんだもん」
「えっ? じゃあ、僕でよかったのかい?」
「バカねぇ。お兄ちゃんに決まっているじゃない」
というはるかを見て、ニコリと笑った渡良瀬だったが、当然、それくらいのことは渡良瀬にも分かっていた。
分かっていて、
「もう一回言ってみて」
というのと同じ感覚で、もう一度言わせて、
「これは夢ではないんだ?」
と、思わせようという魂胆と同じだった。
「そういうお兄ちゃんはどうなのよ。デートとかしたことがあるの?」
と聞かれて、
「いいや、ないよ」
と平静を装いながら答えた。
当然相手が聞いてくるのは想定内のことだったからだ。
「お兄ちゃんだったら、いっぱいデートができる人くらいいるでしょう?」
と言われて少し戸惑った。
たぶん、社交辞令なのは分かっているが、渡良瀬としては、天ケ瀬三姉妹からは、社交辞令を言われたくなかったからだ。だが、
「社交辞令が言えるほど、はるかちゃんは成長したんだ」
と思うと、まんざらでもない気がしてきた。
成長して、どんどん自分に近づいてきてくれるのは嬉しいが、
「子供のままでいい」
という感覚でいるのも、間違いのない感覚だった。
ただ、
「自分だったら、いっぱいデートしたかも知れない」
と思われていたとすれば、その誤解は一刻も早く解きたい。
勘違いされたまま、デートをするというのは、結構きついものだからだ。
「お兄ちゃんは、どういう女性が好みなの?」
と聞かれて、
「おいおい、ませたことを聞くなよ」
と言いたいのだが、正直いうと、今目の前にいるはるかのような女の子が好みであった。
しかし、いつも三姉妹で一緒にいることが多かったり、それぞれに気を遣ったりすることで、ハッキリとは言えなかった。
三人が三人ともかわいいと思うが、その中でと言われると、はるかではなかったか。
頼子がはるかくらいの時は、自分も同い年で、頼子に対しては、
「しっかりもののお姉さん」
という印象が深く、恋愛感情どころではなかった。
何よりも、その頃にはまだ、異性に対しての感情が芽生えていなかったのだから、それも当然のことであっただろう。
では、ゆかりの時はどうだっただろう?
自分は、中学三年生になっていた。その頃はやはり受験勉強で必死になっていて、しかも、ちょうど自分にも異性への意識が芽生えてきていた時だったことで、逆に、遠くを見るような癖がついてしまって、いつもそばにいたゆかりを意識することもなかったのだ。
ゆかりが苛められている時、助けてあげるという、そういう役を引き受けてしまうと、余計に、女性として見てしまってはいけないのだという、ヒーローの掟のようなものを感じてしまって、それは、恋愛感情にもまして強いものだという自覚があった。
今回のはるかに関しては、今まで子供としてしか見ていなかった相手が、急に大人びてきたところを、肌で感じた相手だということだ。年の差はあるが、あるといっても、四つほどではないか。今はまだ憧れのようなものかも知れないが、これから大人になっていこうとしているはるかを見つめていきたいという思いがあるのも事実で、
「好かれたいな」
と感じた思いは、はるかに対してが一番強かったように感じるのだった。
ひょっとすると、
「慕われたい」
という思いが強いからなのかも知れない。
この思いはゆかりにも感じていた。ゆかりだけに感じていた思いだったといってもいいかも知れない。
「慕いたい」
という思いを時分は、頼子に感じている。
この思いと同じ感覚を、ゆかりもはるかも感じてくれているのだろうか?
だとすると、ゆかりに対してはそれでいいと思うのだが、はるかに対しては、
「少し寂しい」
と感じる。
なぜなら、自分が頼子に感じている思いには、恋愛感情がないということだからである。だから、はるかが慕ってくれているという思いの中には、恋愛感情は含まれていないとするならば、今の渡良瀬の感情はどこにしまい込めばいいのかが分からなくなってしまう。
「やはり、俺は、はるかのことを好きになってしまったのだろうか?」
ということであったが、さっきまで何とも思っていなかったのに、こんなに急に気持ちが高ぶってくるというのは、実に恋愛感情というものが恐ろしいということだと感じた。
ここまで考えた時、ふと、
「頼子は、俺のことをどう思ってくれているのだろう?」
今までにまったく感じたことがなかったというのは、語弊があるが、それほど重要なことだとは思っていなかった。
ただのクラスメイトであり、家族ぐるみで中がいいというだけだった。家族ぐるみで仲がいいという中で、年齢も含めて一番近しいところにいるということである頼子に対して、「自分から恋愛感情を持ってはいけないのだ」
と思うようになった。