必要悪な死神
それまで、子供のことや父親のことにあまり口を挟まなかった人が、急に、気にするようになったのだ、
最初はなぜか分からなかったが、
「あの時の赤ちゃん言葉の相手は不倫の相手で、別れ話をしていたのではないか?」
と思ったのだ。
小学生のくせに、よくそんなことまで気づいたのかというと、苛められていた時期に、周りのことを気にするような性格になったのかも知れない。
その頃には、大人のドラマを見るようになっていた。それは、学校で友達がドラマを皆見ていて、自分も見ないと、嫌われるという思いがあったからだ。
ただ、さすがに嫌われるというのは考えすぎで、話題に乗り遅れるという程度であったが、
「乗り遅れてしまうと、話が合わなくなり、また苛めの対象にされてしまうのではないか?」
という思いに至ってしまいそうで、怖かったのだ。
もちろん、母親が不倫などしているとは思いたくもなかったが、母親の行動を見ていると、ドラマに出てくる奥さんたちと、行動パターンが同じだったのだ。
それだけ、ドラマになるようなパターンを表に出している母親を見ていると、
「世の中が、皆ワンパターンなのか、母親が、それだけ天真爛漫で、ドラマになりやすいような行動をとっているのか」
と考えた。
ドラマになりやすいのは、人に感動を与えるパターンが多いので、たぶん、純粋でちょっとしたことで悩んでしまうような人が、主人公になりやすいのだろう。
しかし、母親は正反対だ。
ということは、主人公ではなく、ドラマの中の重要な脇役として、皆の生活を崩そうとしているのか、罪もない行動が、人の気持ちを傷つけるという、そんなタイプの人なのだろうと思うと、どうも母親は、後者のパターンのようだった。
ただ、母親は、父親に知られることもなく。別に離婚問題など出ることもなく、何とか家庭に戻ってくることができた。本当に父親が知らなかったかどうか、結局は分からなかったが、ぎこちない家庭ではあったが、そのおかげで、友達の田舎に遊びにいくことを許してくれたのだ。
だが、今から思えば、
「母親が不倫をしていたということも、本当だったのだろうか?」
と感じるほどで、あの時に聞いた母親の電話も、
「ウソだったのではないか?」
と思うと、次第にウソだったとしか思えない気がしてきた。
「ひょっとすると、当時の記憶の何かの辻褄を合わせようとして、勝手に思い込んでしまったことではなかったか?」
と考えた。
ただ、友達の家に行く前と帰ってきてからでは、別に家族で変わった様子はなかった。
何事もなかったということを証明しているようで、一時期父親も、早く帰宅するようになっていたが。結局、家族揃ってご飯を食べたという記憶はなかった。
「ご飯を食べた記憶を、自分の中で消そうとしているのだろうか?」
と感じたのだった。
その意識を思い出すことで、友達の田舎に遊びにいった時の記憶も一緒によみがえってきた。何か一緒に思い出そうとして、反動をつけると思い出せることもあるようだったのだ。
友達の田舎で遊んでいた時、村の奥に鎮守の森があった。そこは、小さな丘になっていて、その丘の正面が、真っ赤な鳥居があった。
そこから、かなり急な階段ではあるが、そこから息を切らしながら上がっていくと、そこには、村の守り神と言われる神社があった。
その神社を登りきると、お百度石があり、その向こうには、狛犬が二匹、こちらに向かって鎮座していた。
狛犬というよりも、見る限りは狐だった。尻尾もフサフサしていて、思わず、
「尻尾が九本あるんじゃないか?」
と思って探したほどだった。
小さかった頃、まだ生きていたおばあちゃんから聞かされた九尾の狐の伝説、どんな話だったかは覚えていないが、
「九尾の狐」
という言葉だけは、ハッキリと覚えていた。
友達から、
「夏休みにここに来た時は、いつもお参りにくるんだけどね」
と言って、連れてきてもらったのだが、村の規模からすれば、思ったよりも大きな神社であり、そのくせ、閑散としている情景は、この村が、本当に過疎の村であることを示していた。
「この神社の奥には、井戸があるんだけど、いつも夏になると、昔から、誰かが行方不明になるって噂があるらしいんだ。でも、俺が田舎に遊びに来るようになってから、行方不明になる人がいなくなったとかで、いつも、おばあちゃんから、「今年もきておくれ。後生だから」と言われるんだよ。でも、本当に行方不明になっているのか分からないんだけどね」
というのを聞いた。
「でも、さすがにいくら来てほしいといっても、そんなたちの悪い冗談は言わないでしょう?」
というと、
「もちろん、そうなんだけどね。でも、いつも行方不明になるといっても、二日以内には見つかるんだけどね。でも、見つかってからその人に聞いても、自分がどうして行方不明になったのかっていうことが分からないというんだ。まるで、急に時間を飛び越えてきたかのような気がするらしいんだ。眠っていたんだろうかね?」
と友達は言った。
こんな狭い村でのことなので、皆で探せば分かりそうなものだ。しかも、見つかったその場所も皆が最初に探す場所だったのだ。
「俺は、あそこを最初に見た」
「俺だって確認したさ」
という場所なのだ。
最初の頃は、神出鬼没のように、どこにいたのか、バラバラだったようだが、途中から、いつも決まったところに現れるらしい。
「その場所というのが、この神社の中なんだよ。だから、数回目からは、そこを探すと、行方不明者は、眠っているらしい。本人はまったく意識がないのだが、だけど、目が覚めると、自分がそこに来たという意識はあるらしいんだ。だけど、どうしてその場所に来たのかということを覚えていないらしい」
と友達がいうと、
「記憶喪失なのかな?」
と聞くと、
「そうじゃないみたいなんだ。行方不明になる人はいつも、何か身体に変調がある時が多いらしい。特に決まった場所で見つかるようになってからは、脱水症状のような感じだというんだ。医者に見せると、何やら、熱中症なんじゃないかっていうんだ」
と、友達が言った。
「熱中症って何なんだ? 日射病なら聞いたことがあるんだけど」
と塚原がいうと、
「どうやら、そういう病気があるらしい。最近では、日射病と言わずに、熱中症ということが多いと聞く」
と友達がいう。
「どんな症状なんだい?」
「日射病に症状は似ているらしいんだけど、どうやら、いろいろなパターンで罹ることが多いらしくって、緊張したりすると、身体が攣ったりするらしいんだ。そういう意味では怖い病気のようだね」
と、友達は言った。
それを聞いていた村の人が、
「そうだね。確かに昔は日射病と言っていたよね。夏の暑い時には、直射日光を浴びると、日射病になるから気を付けないといけないって言われてたけど、確かに最近では、熱中症という言葉が、新聞やニュースでも言われるようになったみたいなんだ。私はそれを調べてみたんだけど、人間というのは、身体の中に熱をため込むようになっているらしくて、身体の中にたまった熱で体調を崩すことを、熱中症というようなんだ」
というではないか。