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必要悪な死神

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 だが、あれはいつのことだっただろうか? 塚原は、急に彼女に対して冷めてしまった気がした。
 それは、彼女が髪を切ってきた日のことだった。それまで、肩くらいまであった髪の毛を、少しショートボブのようにしていたが、明らかに、おかっぱ頭を思わせる髪型をしてきたのだ。
 一瞬、
「誰だっけ?」
 と思ったほどに、イメージは変わっていた。
 それを思うと、それまで、彼女と一緒にいて楽しそうにしている自分を、外から見ているのが楽しいと思っていたにも関わらず、何と今度は、
「一緒にいるのを見られるのが嫌だ」
 と自分が感じていることに気づいたのだった。

                 昭和の田舎

 その時まで、好きだという意識を持っていなかった彼女だったが、髪型が変わったことで、
「好きだったんだ」
 と感じた。
 これは女性に限ったことではないが。
「好きだと感じるのは、失った時に初めて感じたりするものだ」
 という言葉を聞いたことがあったが、まさにその通りであった。
 その女の子のことを好きだったと感じた時はすでに、嫌になってしまってからのことだったので、その好きだったということに気づかなかったのは、自分だったはずなのに、
「俺が好きだったあの彼女を葬ったのは、今の彼女だ」
 と、同じ人間だということを意識しておらず、ただ、自分で自分を葬ったのだと思うと、怒りしかこみあげてこない。
 別に彼女は自分を葬ったわけでも何でもない。ただ、自分がこっちの方がいいと思ったのか、女の子らしい、
「イメチェン」
 をしただけだったのだ。
 それなのに、勝手に好きになって、勝手に嫌いになったのは、自分であって、相手を振り回したのは自分だったのだ。
 ひょっとすると、このイメチェンだって、塚原のためにしてきたことなのかも知れない。真相は分からないが、もしそうだとすれば、本当に勝手な思い込みでしかないといえるだろう。
 女心も、自分の気持ちも分かっていない塚原は、このやりきれない気持ちをすべて彼女のせいにして、
「裏切られた」
 とまで思ってしまった。
 そう感じてしまうと、完全に気持ちは離れてしまう。一気に冷めてしまうと、今度は逆に、
「いつも一緒にいる二人だ」
 などとまわりに思われるのが嫌になる。
 当然、彼女を避けるようになり、避けているのを、今度はまわりに分からせるように、あからさまになる。
 隠そうとしても、隠しきれずに相手には分かってしまうのだろうが、それ以上にあからさまにしていると、あからさまな態度だけが、大げさなほどいやらしく感じられ、そんな嫌らしい思いを感じさせられた方は、塚原を恨むようになる。
 そうなると、塚原に味方はいなくなる。それは、自業自得なのだが、それは自分からまわりに分からせようとして、本当は自分の思いを分からせようとしたのに、実際には表に見えていることしか分かってもらえない。
 それはそうだろう。態度が露骨すぎるし、今までは、隠そうとして隠しきれなかった人間が、今度はあからさまに相手を嫌っているのを分からせようとするのだから、行動パターンという意味でも、矛盾した感情に、誰もついてこれるわけはないのだった。
 そんな中で、今回、塚原を苛めている張本人であるクラスメイトは、実は塚原といつも一緒にいた彼女のことが密かに好きだったのだ。
 そんな態度は露骨だったのだが、他の連中は、彼に好意的な目で見ていた。
 それは、彼が比較的、いつもまわりに気を遣っているような人間で、本来なら、苛めなど決してしないタイプの男の子だったのだ。
 それが苛めに走ったのだから、それなりに理由があるはずだ。
 皆分かっていることだった。苛められるのが塚原で、苛めている張本人を見れば、何がどうして苛めに走ったのかということも分かっているはずであった。
 だから、今回の塚原が苛められているのを、まわりが黙って見ていて、止めようとしないのは、ただ傍観しているわけではない。普通なら、
「ここで止めに入って、苛めっ子の目に留まってしまい、その感情を逆撫でしてしまうと、苛めのターゲットが自分に向くかも知れない。庇ったばっかりに自分が苛められることになってしまうと、これほど理不尽なことはない」
 と思うのだろうが、それも仕方のないことなのかも知れない。
 だが、社会問題の基礎がそこにあるのだとすれば、見逃すわけにはいかないだろう。
 今回の塚原に関しては、見過ごしている連中には明らかな「意志」があった。塚原が苛めつくされるという最後までいくことを、目指して、自分たちが何も言わないという感覚である。
 この「意志」には、完全に故意がある。自分たちが見逃したことで、塚原が苛められることになる。ただの意志であれば、そこまでなのだろうが、さらに、それは悪いことではなく、むしろいいことだと思い、それこそ正義だと思っているのかも知れない。
 つまり、彼らには、勧善懲悪の意識があるのだ。
 逆に勧善懲悪だと思わないと、この意志を貫くことはできない。彼らにだって、
「苛めは悪いことであり、決して許されることではない」
 という意識があるに違いない。
 しかし、だからと言って、塚原の態度は許せない。
 相手の女の子の誠意に対して、あからさまな嫌悪に満ちた態度をとった。本人にはその自覚がないから、却って許せない気持ちになる。
「気を遣った人間だけが、嫌な思いをさせられて、当の本人は、悪いとは思っていないのだ」
 と感じている。
 本人ではないから、悪いと思っていないということはまわりに分かっても、どうして分からないのかまでは理解できない。髪を切っていたことで、自分の理想とかけ離れたことで、
「もういいや」
 と簡単に相手を切り捨てたことに対して。まったく悪びれた気になっていないのだとすれば、相手に対して何も考えていないということだろう。
 切り捨てたことに対して、悪いと思っているのだが、性格的に、好きでもなくなった相手に対し、まわりから好きだった時と同じ気持ちを自分が持っているということを感じさせたくないと感じているのだとすれば、それはそれで罪深い。
 ただ、その性格は本人にしか分からないので、それを糾弾することはできない。できるとすれば、自分たちとは、もうかかわる相手ではないと感じるだけだった。
 だから、そちらにしても、彼が苛められていることに対して、自分たちが助けるなどという義理があるわけではない。むしろ、自分たちの苛立ちを、代表して苛めという行動に出てくれている人がいるのはありがたかった。
 しかし、皆が皆、苛めをしている人間が、本当は彼女のことを好きだったと知っているわけではない。
 知っている人がいたとすれば、黙っているのは、卑怯なのかも知れないが、自分ではどうすることもできないと思うのだった。
 そんな時、黙っている人間が感じることは、
「もし、俺が彼の立場だったら、絶対に苛めているに違いない」
 と思い。自分が黙っているのは、そんな彼の気持ちを察しているからだった。
 つまりは、黙っている人間は、苛めを目の当たりにして、視線は完全に、苛めている側にしか向いていない。
作品名:必要悪な死神 作家名:森本晃次