必要悪な死神
「うん、アレルギーというのは、何も食べ物だけではない。植物にもアレルギーはあるし、動物だって、ネコやウサギにアレルギーを持っている人だっているだろう? それに、人によっては、ラテックスアレルギーと言って、ゴム製品を触るだけで、手が爛れてしまう人もいるくらいなんだ」
と友達は言った。
その頃はまだそこまで社会問題にはなっていなかったが、それから数年もしないうちに、アレルギーの問題が大きくなってきて、スーパーで売っている商品のラベル表記に、値段や賞味期限などと一緒に、成分も書かれている近くには、必ず、
「アレルゲン表記」
と言って、アレルギー性のものが列記されている。
もし、それが書かれていないと、販売してはいけないと法律が改正になったようで、表記漏れがあったりして、誰かがアレルギーになったり、表記漏れに気づいた製造元が、自主回収に走ったりと、相当シビアなものになってきたのだ。
アレルゲン表記の漏れは、製造者責任となるということである。
「アレルギーって怖いんだね。アレルギーを持っている人にとっては、本当に毒のようなものなんだね」
と、塚原がいうと、
「そうだよ。まさしくその通り。ちゃんと理解していないと、本当に命を失ったり、生死を彷徨った末に、後遺症を残してしまったりと、恐ろしいんだよ。アレルギーが毒になるという意味で、スズランなども実は恐ろしいものなんだ」
「スズラン? あのきれいな花を咲かせるあの植物かい?」
「そうだよ。時々、ミステリー小説なんかで、スズランの毒で殺人を行うというような話もあるくらいで、俺もこの間見た小説の中に、スズランの毒について書いてあるものがあったのを思い出したんだ」
という。
「それは。怖いね。どんな毒なんだろう?」
「花や茎に毒があるらしいんだけど、青酸カリよりも毒性は強いらしいんだ。僕が聞いたのは、青酸カリの十五倍らしい」
「だったら、ほぼ死ぬと思ってもいいくらいじゃないか?」
「そうなんだ。その毒の成分は、コンパラトキシンというらしいんだけど、吐き気や頭痛、眩暈などを引き起こすらしい。最悪の場合は死に至るということらしいんだけど、毒性から考えると、本当に恐ろしいよね。生けておいた水を飲んだだけでも、死んでしまうことがあるらしいんだ」
というではないか。
「それは本当に恐ろしいな。実際に見えないわけなので、水に溶かしていても分からないということだよね? 殺人に使うには実に都合がいいんだろうね」
「というと?」
「だって、誰にでも手に入る手軽な毒だということでしょう? 簡単に手に入るということは、もし殺人が起こったとして、誰が犯人なのかは、毒の入手経路からは分からないものだから、犯人を特定することは難しい。もし、スズランを買ったという事実があったとしても、その毒をその人が使ったという証拠にはならない。観賞用に買ったと言われれば、それ以上追及することはできないだろうからね。もっとも、よほど、ハッキリとした動機でもない限りの話だけどね」
と、塚原は言った。
その頃塚原も、友達の影響で、推理物のマンガをよく読んでいた。まだ、小説を読むのは苦手なようで、文章を見ていると、すぐに眠ってしまいそうになるのが一番嫌だった。
それを塚原は、
「文章を読むのが、よっぽど嫌なんだろうな?」
と、文章を読んで眠くなるのは自分だけで、他の人は、本を読んでも眠くなったりはしないと思っていたのだ。
「スズランは、手で触るだけでも手が荒れてしまうらしいくらいの毒性だというからね」
と友達がいうと、
「そうだね、きっとスズランの毒にやられた人は、最初何の毒カ分からないだろうから、その症状から、最初は皆、毒だとは思わずに、アレルギーによる中毒だと思うかも知れないね。さっきの君の話を聞いていて、アレルギーと似ているような気がしたんだ」
と、塚原がいうと、
「確かにそうかも知れない。だけどね、ハチの毒というのは、アレルギーと大きくかかわっているんだよ」
「えっ? どういうことなんだい?」
「さっきも言ったように、ハチには、二度目に刺された時の方が、致死率はグンと上がるといっただろう? ハチに刺されると二度目に死ぬってね。一度ハチに刺されて病院に行くと、そこで先生は必ず説明するはずなんだ。二度目に死ぬというメカニズムについてのことをね」
「うん」
「ハチに刺されると、まずハチの毒が身体に入るだろう? すると、人間というのは、その毒を追い出そうとしての働きがあるんだ。これを抗体というらしいんだけどね」
「うん、それは聞いたことがある。僕たちは子供の頃、はしかや水疱瘡やお多福かぜにか罹った時、一度罹ってしまうと、もう二度と罹らないという話を聞いたことがあったんだけど、それが抗体が影響していると思ったんだ。抗体は身体の中にできるので、それらの伝染病は二度と入ってこないってね。だから、抗体を作るというのが、どれほど大切で、素晴らしい機能なのかって思ったんだ」
「うんうん、だけどね。それはハチの毒に限っては例外的な要素を持っているんだよ」
「というと?」
「今も言ったように、一度ハチに刺されると、身体に入ってきたハチの毒素を追い出そうと、身体に抗体ができるんだ。だけどね、その抗体ができてしまうと、そのあと、もう一度ハチに刺されてしまうと、どうなる?」
「抗体が、ハチの毒が入ってこないようにするために、機能するんじゃないのかい?」
「そう、その通りなんだ。その時に、ハチの毒と、抗体とが反応して、一種のアレルギーを生じさせるようなんだ。そして、身体をショック状態にしてしまう。それが、命を奪うもとになってしまうということなんだ」
という友達の話を反芻しながら聞いていたが、しばらくして、
「そうか、じゃあ、二度目にハチに刺された時に死ぬという場合、直接の死因はハチの毒によるものではなくて、アレルギーによるショック死ということになるんだね?」
と塚原がいうと、
「そう、その通り。それを、アナフィラキシーショックというらしいんだ」
と、友達が誇らしげに話してくれた。
「よくそんな詳しいことまで知っているんだね?」
と聞くと、
「俺は将来、薬にかかわる仕事がしてみたいと思っているんだ。薬剤師か、あるいは、薬の開発に携わる仕事をだね」
と友達は言った。
「それはいいかも知れないね。君は、素直だし、勉強も嫌いではないと言っていたし、何よりも、自分の興味を持ったことは、とことん追求しないと気が済まないというその性格は、今から夢を持って突き進めば、きっと大願成就間違いないって感じじゃないかな?」
と、
――少しおだてすぎたかな?
と思ったが、実際に思っていたことだけに、言葉に詰まることなく口から出たことで、裏付けられている気がした。
友達も、まんざらでもないようで、たまに、そういう自信過剰なところを感じることがあったが、それでも、彼の長所が、短所を補ってあまりあるだけに、嫌な相手ではなかったのだ。
こんな彼と一緒にいると、
「苛められていた時の自分が、本当にいけないことをしていたんだな」
と感じるようになった。
それを思うと、
「仲良くなれてよかったな」