必要悪な死神
「そうかも知れないね。でも、それは教室だけのことではないんだ。学校に行かなくなって久しいんだけど、家で横になってゲームをしている時も、急に眠ってしまったかのようで、目が覚めると、コントローラーを握りしめたまま、眠っていたようなんだ」
「それも、どこかに行っている夢を見たのかい?」
「うん、そうなんだ。それでね。昨日なんだけど、初めて知っている人が夢に出てきたんだよ。それが、お兄ちゃんの友達だったんだ」
というではないか?
それが誰なのかというのを聞いてみると、どうやらこの間行方不明になったその友達だというのだ。
「どこにその友達はいたんだい?」
「あれは、真っ暗な部屋の中だったんだ。ただ、それがどこなのか、俺には分かった気がした。根拠はないんだけど、あれは、スクラップの冷蔵庫だったんじゃないかな?」
というので、驚愕した塚原は、
「どうして分かったんだい?」
と聞くと、
「匂いかな? 何か冷蔵庫の中に入れる脱臭剤のようなものがあるでしょう? あれは冷たい冷蔵庫の中だから匂いがしないんだけど、冷蔵庫が冷たくない時って。独特の匂いがするんだよ。その時に感じたのは、間違いない。冷蔵庫の匂いだったんだよ」
というのだった。
「それで、どうしたんだい?」
「お兄ちゃんの友達は、別に死んでいるわけでも、死にそうなわけでもないんだ。それで少し様子を見ていると、どうやら、僕がその真っ暗な冷蔵庫の中にいて、いつの間にか、その友達は表に出てしまったような気がしたんだ。だから、僕は、身体がないまま。冷蔵庫の中にいるという感覚に陥ったんだね。そう考えていると、自分からその場所に望んで入ったような気がしたんだ。だから、怖いという気がしなかったし、身体がないのだから、抜けることも簡単にできるということでの。怖さはなかったんだろうね」
という。
「今までに、そんな感覚になったことは?」
と聞くと、
「前にも何度かあったけど、今回のお兄ちゃんの友達のようなケースは、珍しいんじゃないかな?」
というのだった。
弟がいうのは、どうやら、友達と入れ替わったような感じなのだろう。しかし、弟はあくまでも、
「乗り移った」
という感覚しかないようだ。
それは、もし友達にあったとしても、同じく誰かに乗り移ったという感覚だけであり、もしその意識がなかったとすれば、それは、あまりにも唐突なことで、
「夢でも見たのではないか?」
と感じたとしても無理もないことであろう。
副作用
自分を苛めていた友達の田舎で、一緒に鎮守の森にある神社の裏の井戸を見た時、何か不気味な感覚を思い出した気がした。井戸の奥を覗き組んでみたが、井戸の上には、網がかかっていて、事故がないように、十分な細工が施されていた。だが、友達がいうのは、
「この井戸の近くに、横穴の避難場所があったんだけど、それを俺は、戦時中の防空壕の跡なのではないかと思っていたけど、考えてみればおかしなことで、こんな田舎にまで、爆弾を落としたりはしないだろうから、別の目的で作られたのではないかと思ったんだ。それで近所のおばあさんに聞いてみたところ、その穴は、確かに防空壕ではなく、明治時代くらいに、村の秩序を守れなかった人がいれば、そこに閉じ込めるという、一種の収監所のようなところだったというんだ。しかも、そこに入れられた人は、大体、長くても二日だったらしいんだけど、少し気が変になると言われていたらしいんだ。なぜなら、出てきた時に、皆。自分が誰かに乗り移られたというような話をしていたというんだ。自分の意志とは関係なく、その檻の中で暴れているんだけど、暴れているのは自分ではなく、自分に乗り移った誰かだっていうんだ。檻の中なので誰も見ている人はいないので、信用してくれないらしいんだけど、でも、実際には、そこから出てしばらくすると、皆死んでしまうというんだ」
というのだった。
「一体どういうことなんだ?」
「それがよく分からないんだ。おばあさんの話では、死んでいった皆は、毒性のもので死んでいるというんだけど、そのほとんどが、ハチに刺されて死んでいるということなんだよ」
「ハチに刺されて? ということは、スズメバチか何かになのかな? この辺りでは、そんなハチがたくさんいるということなんだろうか?」
「うん、それも聞いてみたんだけど、塚本君は、ハチに刺されたことがあるかい?」
「うん、四年生の頃に一度刺されたことがあったんだけど、確かミツバチだったと思う」
「その時はどうしたんだい?」
「親が急いで、瓶に入った液体の薬を綿にしみこませて塗ってくれたのを覚えているんだけど、それがものすごい鼻を突くような臭いで、今思い出しただけでも、顔をしかめてしいそうなものだったんだ」
「ああ、それはアンモニアだよ。ハチの毒はギ酸と言って、酸性のものなんだ。だから、アルカリ性のアンモニアで中和させることで、毒性を引かせて痛みをとるということをしていたんだね。小学校の頃に倣っただろう? 酸性とアルカリ性を混ぜると中和するということをだね? だけど、ハチに刺された時にアンモニアを使うというのは、実は間違った方法らしいんだ。ギ酸と言っても、その成分は複雑なようで、実際にそれを遣うと、中和することは無理だという。しかも、アンモニアの作用で、皮膚炎になったりするという。さらに、おしっこがいいとか言われているけど、それこそ、不潔なだけで、何の効果もないということなんだ。つまりは、ハチの毒にアンモニアが効くなどというのは都市伝説であり。まったく科学的根拠などないということなんだよ」
と言われた。
「そうだったんだね。僕の場合はミツバチだったから、その場で何とか凌いだけど、これがスズメバチだったらそうはいかないだろうな」
「それはそうだ。救急車ものだったかも知れないね。かなりの痛みもあるだろうし、腫れあがったりもするんじゃないかな? それに医者に行かないといけない理由はそこにあるんだよ」
と言われ、恐る恐る聞き返した。
「それはどういう意味でなんだい?」
「ハチに刺されると、一度目はいいけど、二度目は危ないという話を聞いたことはないかい?」
「ああ、そういえば、ハチに二度刺されると死んでしまうというような話を聞いたことがあったけど、あれって本当のことなんだろうか?」
「うん、あれは本当のことで、アンモニアなんかよりも、よほど信ぴょう性があることなんだ。それこそ、科学的に裏付けられていることで、絶対に死ぬとは限らないが、相当な中毒状態に陥るだろうから、後遺症が残ったりもすると聞いたことがある」
「それって、相当怖いことだよね? でもどうしてなんだろう?」
と塚原は素朴な疑問を口にすると、
「それはね。アレルギーの一種なんだよ」
というではないか。
「アレルギー? それって、牛乳アレルギーとか、豆アレルギーとかいうあのアレルギーのことかい?」