歴史の傀儡真実
「そういえば、ところで最初にこの門を入った時に見えた屋敷のようなものですが、あれは、家臣の屋敷なのでしょうか?」
と聞くと、
「ええ、そうです。あそこに家臣団は住まいを構えて、いつでも戦に参加できるようにしているんです。もっとも、領主による、家臣の抱え込みという意味合いもありますけどね」
と言った。
「なるほど、本当に、ここは要塞であり、一つの街になっているわけですね?」
というと、
「ええ、そうです。それだけここの守りは鉄壁なんですよ。たぶん、今の本土からは、まずどこから攻められても、びくともしないでしょうね」
ということであった。
「やけに自信がおありですね?」
「ええ、お二人のご様子を見ていると、まだまだ本土の方では、城というものをどのように活用すればいいのかということがまったく分かっていないからですね。自分たちが持っていないものだったら、攻めることなどできるはずはありませんからね」
というのだった。
いよいよ、屋敷の中に入ることになった。
「ここは、本丸というところで、この門の外には、二の丸、そしてさらにその向こうには、三の丸という屋敷がある。そこは、城を守るための兵士たちの寝所になっているのだ。二の丸の場合は、一般兵ではなく、家臣団の寝所になるのですよ」
というではないか。
「じゃあ、門から入ってすぐの屋敷というのは?」
「あれは、家族の住むところです。普段はあそこに住んでいますが、もし、攻められるようなことになった時には、二の丸の家臣団が住んでいるところにお移りになることのなります」
というのだった。
「なるほど、じゃあ、家族が住まわれているところに、家臣の方がお帰りになるというのは、毎日ではないということですね?」
と聞くと、
「ええ、そういうことになりますね。宗に一度というところでしょうか? 本土の人たちもそうなのではないですか?」
と言われて、
「ええ、確かに地方の大名などは、参勤交代と言って、一年の半分は、幕府のある京にいて、普請工事などに従事させられたり、京の町の警護に当たったりしていますね」
というと、
「ここの国では、有力家臣団は、城の中で住みます。何かあった時はすぐに出陣できるようにですね」
「じゃあ、自分の領土は誰が?」
というと、
「家老が収めています」
というと、
「じゃあ、そこで謀反が起きたりはしないんですか?」
というと、
「謀反? ここではそんな考えはないと思います。謀反を起こした場合、ここの支配者が、謀反人を決して容認しないからです。ここの土地の、本土でいうところの大名は、直接国の長が任命します。だから、謀反者が起こしたようなものは、誰も認めない。自分たち以外は、すべて敵だということを理解していれば、謀反など起こせるはずもないですからね」
というではないか、さらに彼は続ける。
「謀反を起こしたものは、厳罰が課せられて、理由のいかん関係なく、謀反を起こした本人はもちろんのこと、自分の家族、家臣、さらにその家族と、問答無用で、処刑されるということになっているんですよ。この土地においての一番の思い犯罪というのは、謀反を起こすということになっています」
というのだった。
確かに、本土でも、今は幕府の力が弱くなっているので、謀反を起こした連中を成敗することもできないくらいになっている。だからこそ、群雄割拠の世界になっているのであって、そんな世界を、憂いているのは、、重光や、頼経だけではないだろう。
特に応仁の乱の後の京の街を見ているだけに、幕府の情けなさは、身に染みて感じているのだった。
本丸は、御殿と呼ばれているらしく、客を迎える間も、金箔が張り巡らされていて、今の本土における窮状に比べて、まるで天と地のようだった。これを見るだけでも、先ほどの案内人の話が決して大げさなことではないのがよく分かった。
――それにしても、これだけの財を、一体どうやって、得たというのだろう?
と、考えながら、二人は招かれた部屋の無駄に広いさまを見渡して、驚いていたのだ。
座って少し待っていると、そこに殿様が入ってきた。二人はひれ伏すように頭を下げ、相手が口を開くのを待った。
「二人とも、頭を挙げなさい」
と言われたので、
「ははぁ」
と言って、頭を上げた。
目の前にはまだ、元服してからそんなに経っていないのではないかと思うような青年が座っていた。
顔にまだあどけなさが残っているようだが、先ほどの案内人の話の中にあった、
「この土地のやり方は、皆今の殿が決められたことなんですよ。私は、殿の目の黒いうちは、先ほどのようなここが攻められるというようなことはないと思っております。そういう意味では、この城の守りというのも、念には念を入れたものであるといってもいいと思っています」
という言葉を思い出していた。
――なるほど、確かに、まだあどけなさが残ってはいるが、決断力はハンパないような雰囲気に見えてくる――
と、重光は感じた。
「遠路はるばる、大変であったろう。後でゆっくりされるがいい。だが、その前に少し私とお話をしていただけるとありがたい」
というではないか、
「はい、何なりとおっしゃってください」
というと、殿はニコリと笑って、
「そちたち二人のことは、京にいる私の家臣のものから、聞いておった。二人はそれぞれに、普請事業であったり、英語は達者だという話を聞いていたので、手をまわして、こちらに来てもらえるようにしたのだ。二人には迷惑だったかも知れないが、決して、後で後悔をさせないような自信はあるのだがな」
といって、またニコリと笑った、
その表情に余計な感情は入っておらず、純粋にそう思っているのだろう。それを思うと、本当に自分たちが後悔をしないと思えてならなかった。
「何を私たちにさせたいのですか?」
と聞くと、
「少し話が長くはなるのだが」
と言って、彼は話始めた。
「実は私の父は、元は津軽の武士であったのだが、近くの武家から攻め込まれて、不意打ちをつかれてしまったことで、そのまま、土地を追われてしまった。しかし、私は、この土地にいると、いずれは殺されるということで、船を頼んで、蝦夷地にいけるかどうか聞いたところ、いけるという人がいたので、何とか頼み込んで、蝦夷地に渡ったんだ。そこで、アイヌ族の母と知り合って、私を生んだ。実はちょうどその時、イギリスの人たちが、この蝦夷地を調査していたのだが、その時にアイヌとの混血である私を見つけて、彼らは、この土地に、一大国家を築こうとしていたのだが、その思惑に私という存在がうまくいくということだったようで、ここにイギリスの一大国家建設が始まったんだ」
というではないか。
それを聞いて、重光は、
「どうして、そんな国家をイギリスが作る必要があったというのだろうか?」
と聞くと、
「あなたは、ロシアという国が存在するのをご存じかな?」
と聞かれて、
「聞いたことがあるような気がしますが、ハッキリとは分かりません」
というと、
殿様は、何やら大きな巻いた布のようなものを先ほどの案内人に持ってこさせた。
「これは、世界地図になります」
と言って、彼は、それを床に広げた。