「軍人の魂」と、「知恵ある悪魔」
そんな彼は、二十年もの間、未開の地で生き延びてきた。正直殻には、今があれからどれだけの年月が経っているのかという意識があるのだろうか。時計もなく、
「日が昇って朝が来て、日が沈んで夜が来る。夜が来れば眠って、夜明けを迎える」
という、そんな規則正しい毎日が繰り返され、
「お腹が減れば、食料を調達し、食べる」
という生活を、まわりにいる原住民たちと協力して営んでいるだけなのだ。
感覚が完全にマヒしてくる。自給自足の息いるだけの毎日を過ごしていると、それまでの帝国軍人として教育を受けてきたのが何だったのかが分からなくなってくる。
自給自足の世界にも、神様を信仰する考えはある。
むしろ、
「自給自足には、侵攻が不可欠なんだ」
ということを思わせた。
日本を、神の国だといって学校で教育を受けてきたが、神が一体何をしてくれるというのだろう?
自給自足では、神を信仰することで、自分たちが自然の恵みを受けることで、その日を生き続けられるということでの、侵攻であり、そこには、民族の集団意識というのはまったくなかった。
神を信仰するということは、日本民族、いや、天皇陛下のために生きるためのものだということだったはずだ。
しかし、ここでの神は、自分のために存在している。集団意識というのはあってないようなものだ。
それでも助け合って生きているのは、助け合うことが生きていくという目的で必要なことだという、リアリズムにのっとった考えだったからである。
取り残されたとはいえ、生き延びられてよかったと思っていた。それはあくまでも、他民族と隔絶された世界においての自分は、
「生まれ変わったんだ」
という意識があったからだろう。
だが、調査団と会ってしまったことで、横田少尉は、帝国軍人の気持ちを思い出した。
そして、彼はまず聞く。
「戦争はどうなったんだ? あの島から軍は撤退したのだろうか?」
というのが気になるところだった。
調査団は、当然歴史は調べてきているので、結果は知っている。しかし、二十年近くもこの島で一人、いや原住民の力を借りながら生きている彼に、
「いきなり真相を話してどうなるものでもない」
と感じた。
だから、まずは国連に報告した。最初はマスゴミにもオフレコであった。下手に知られたら、マスゴミによって、世間はめちゃくちゃに混乱するだろうと思ったのだ。
「まさか、旧日本軍の生き残りが存在していた」
そんなことが世間に知れれば、右翼が騒ぎ出すのは必至だったからだ。
せっかく、日本においても、
「もはや、戦後ではない」
という言葉、さらには、驚異的な経済成長において、オリンピックが開催されるまでに至った日本では、これから、戦争を知らない人たちが日本を担っていく時代に、今さら、帝国軍人の亡霊が現れたことで、右翼が勢力を盛り返してくれば、アメリカを中心とした、自由主義陣営には、ただではすまないと思われるだろう。
当時の社会情勢は、
「東西冷戦」
と呼ばれていて、アメリカを中心とした資本主義陣営。ソ連を中心とした社会主義陣営に分かれていて、一触即発の状況だった。
すでに朝鮮やドイツでは国家の分裂という問題が起こっていた。
その数年後に巻き起こる、
「全面核戦争への脅威」
となったキューバ危機、あるいは、
「アメリカを敗戦という屈辱を味会わせる」
ということになるベトナム戦争があったことは、歴史が証明しているが、この時のことが明るみに出れば、どうなっていたか?
ただ、実際には、他の島でも旧日本兵が出てくるということが、隠しきれない状況で起こってしまったので、結果は、同じだったのかも知れないが、それでも、当時の国連調査団と国連の判断は、かなり重要だったことに変わりはないだろう。
横田少尉は、密かに、アメリカに移され、そこで、マインドコントロールが行われた。
まずは、大日本帝国というものが滅亡し、日本は敗戦したことによって、今では自由主義となり、戦争放棄、主権は国民にあり、天皇制は存続しているが、天皇は、おかざりとしての、象徴になったということを教育したのだ。
彼はそれでよかったのだが、気の毒なのは、原住民たちであった、
自由主義の国と言っても、それは表向きだけのことであって、一企業単位では、自分たちの儲けしか考えていない。だから彼らのかつての国のように、原住民を連れ帰り、奴隷として使うという、今では人権という観点から、考えられないようなことを平気で行っていた民族である。
そして、それが、二百年近く経った、あと二繰り返されることになった。
国際法の目を盗んで、少しずつ、原住民を奴隷として、本国に連れてきて、奴隷として売買を行う。
それは、アメリカですら、まだ把握もしていない国だということでできることだった。
それは、冷戦という、
「戦闘には至らないが、いつ戦闘が起こってもおかしくない」
という状況に、かなりストレスが溜まっているからであろうか、
実際には、
「死の商人」
と呼ばれる人たちがいて、彼らは大量殺りく兵器を売って、儲けている連中なので、人身売買など、悪いことだとも思っていないだろう。
「こっちの方が金になる」
とばかりに、やつらの魔の手が忍び寄っているのだった。
元々、やつらがこの土地に目をつけていたのだが、それは、麻薬になる植物の栽培を行っていたからだった。
ある組織がそのことに気づき、最初は自分たちでひそかに、相手に分からないように、その方法を知ろうとして、栽培に詳しい人間を誘拐してきた。
そこでいろいろと情報を手に入れることができたのだが、彼を元に返してしまうと、秘密が漏れてしまうということで、誘拐したまま、その人間を、自分たちに扱いやすいように洗脳したのだった。
しかし、そのうちに、一人が行方不明であるということを、元々の宗主国の連中に気づかれてしまったのだ。
本当は抹殺できればいいのだろうが、この男がまだ何か知っているようで、このまま抹殺はできないということで、組織の特務機関員として、彼には働いてもらうことにした。
彼は、実際に洗脳してしまうと、実は頭のいい人間で、環境が原始的なために、その能力が発揮できないでいたのだ。
行方不明になった人間が、まさか特務機関員になっているなど想像もしていなかった宗主国側は、彼らの一人や二人がいなくなったとしても、誰も騒ぐこともないほど、原始的な連中であると思うことで、
「ここまで原始的な連中であれば、人身売買をしても、誰にも気づかれないのではないか?」
と考えた。
もちろん、人身売買など、今は国際法上では厳しく禁止されているので、どこもやっていないし、そんな発想すら生まれてくるはずもない。
それでも、人身売買の禁止法というのは、相当昔から制定されていたが、実際には、ここ数十年くらい前までは、裏で実際に行われていた。
今でも、麻薬付けにして、女を稼がせるだけ稼がせて、それができなくなると、香港やマカオに売り飛ばすなどということを聞いたりする。
どこまで本当なのか分からないが、実際には、今の時代では不可能に近いのではないだろうか。
作品名:「軍人の魂」と、「知恵ある悪魔」 作家名:森本晃次