「軍人の魂」と、「知恵ある悪魔」
それを中央に進言しても、聞き入れられるわけもなく、とにかく一つでも多くの太平洋の島を攻略するということで、やみくもに攻略したことで、この島も日本の領土となったのだ。
この島は、インドネシアから、南部仏印までのちょうど中間点になることで、輸送基地の中継点として重要視された。
それで、日本軍はジャングルを切り開き、そこに空港を作ったのだ。
いずれ、米軍の抵抗に遭い、そのまま空港も接収されてしまったが、日本軍の西武はかなり優秀だったらしく、日本軍のこの島におけるインフラの整備は、そのまま米軍に接収されることになったのだ。
そんな時代も、戦争が終盤になっていくうちに、この空港は接収したはいいが、ほとんど使われなかった。
しかも、そのどさくさに紛れて、封建的な国が、ここを併合しようと、攻め込んできた。
それに抵抗できるわけもなく、国土は、あっという間に占領され、ほとんど無抵抗で、植民地どころか、征服されてしまったのだ。
この国を統治していた国連でも、近くの島が元々、封建的な国の一部だったということを知っている人は少ないのではないだろうか?
そんな時代に遅れたような土地が、一度だけ注目を浴びたことがあった。
あれは、大戦終了後、二十年近くが経った時のことだった。独立という表向きではなく、元々の宗主国から切り離され、見捨てられた島が、何とか体制を取り戻そうとしていた頃だった。
国連の調査団が、現地調査に入った時、一人のボロボロになった男が、潜んでいたジャングルから飛び出してきて、国連調査団の前に立ちはだかった時だった。
調査団員はびっくりした。
なぜビックリしたのかというと、その兵隊は、現地民ではなかった。現地民は皆黒人で、その男は明らかに、黄色人種で、アジア系の顔だった、
しかも、モンゴロイドであることは、国連の調査団にはすぐに分かった。
「お前は誰だ?」
と、試しに日本語で話しかけると、男はビックリして、
「私は、横田少尉だ」
と答えるではないか。
そろそろ、四十代半ばくらいに見えたので、戦時中は、二十代前半、なるほど、少尉であっても不思議のない男であった。
相手の衣服はボロボロで、減刑をとどめていないほどにひどかったが、日本軍の軍服であることは分かった。それを見た時、
「日本軍の残党が、この島に取り残されて、まだ戦争が終わったことを知らないということなのだろうか?」
と感じたのだ。
確かに未開の地で、島のほとんどがジャングルに囲まれているというのは分かっていたが、まさかそんなところで、二十年も前の兵隊の亡霊に遭遇しようとは思いもしなかった。
その男は、確かに戦争が終わったということを知らずに、
「いずれ、天皇陛下が助けに来てくれる」
と真剣に思っていたようだ。
当然、
「日本は戦争に負けて、民主国家として生まれ変わった」
といっても信じてもらえるわけもない。
「戦争に負けた」
というところから、まったく信用できないと言ったところである。
「我が皇国が負けるわけはない。天皇陛下が、降伏するはずがない」
と思い込んでいた。
この土地には、完全な自給自足を行う原住民が、まったく文明というものから切り離されている連中を相手にして、ただ、生き延びるだけであれば、彼らほど頼りになる民族はいない。横田少尉は、そう思って、ここで生き抜くことに決めたのだ。
そもそも、この島で大規模な戦闘があったわけではない。元々は今独立して方形的な国家になったあの島で、戦闘は行われていた、
彼の任務は、一旦島から離れて、近くの島から食料と、兵となる人員を集めてくるのが任務だった。
しかし、任務を仰せつかった、二日後に、米軍が上陸し、とても、減退に復帰できる状況ではなかった。現地の日本軍は、敗走を重ね、追い詰められたところでの玉砕という作戦になったのだ。
サイパンやフィリピンの前の玉砕だった。
この島は、そこまで日本軍に重要視されていたわけでもなかったので、実際に大本営の頭の中に。すでにこの島のことはなく、島に残った日本人は、すべて見捨てられていたのだ。
しかも、戦陣訓においての、
「領袖の辱めを受けず」
ということで、捕虜となることが許されない日本人は、玉砕しかなかったのだ。
皆まさか、すでに見捨てられているとも知らずにである。
さらに、横田少尉はそのことを知る由もなく、島に近寄ることは一切できなかった。
玉砕の後には、その島では、元々日本軍が整備していたインフラを利用し、米軍がうまく活用していたのだ。
そんなところに一人ノコノコ戻るわけにもいかない。
当然玉砕したことも分かるはずもなく、横田少尉の頭の中には、
「いずれ、日本本土から増援の軍隊がやってきて、米軍を蹴散らしてくれるだろう」
ということしかなかったのだ。
ただ、現状の駆れば、生き抜くことが急務であり、とにかく、原住民に取り入って、彼らと助け合いながら、生き抜くしかなかった。
それでも、これまで生きてきた中で自分の精神である、
「日本人、そして、帝国軍人である」
という誇りだけは失わなかった。
そんな彼を現地の人も、
「助けなければいけない」
と思ったのか、結構彼に協力的だった。
彼も、原住民は敵ではないのは分かっている、ただ、油断はできないということも分かっていた。
「何しろ相手は、鬼畜と言われる欧米人なのだ。どんな卑劣な手段を使ってくるか分からない」
という気持ちがあったのだ。
だが、生き抜くという共通の目的をもって一緒に生活していると、彼らがいい人であることは分かっている。
そもそも、日本人というのは情に厚く、武士道を重んじる民族ではないか。相手の礼儀に対しては敏感なのは当たり前で、疑心暗鬼になっている気持ちが少しでも和らげば、原住民に対しての信頼が生まれるというのも、至極当然のことであった。
自然と打ち解けていって、自給自足の生活をしていると、次第に自分が何を目的に生きているのか分からなくなってきた。日本人としての誇りとの間のジレンマに、だいぶ悩まされていたが、
「別にそれを捨てることもない」
と思うようになると、身体の力が抜けてきて、
「俺は、この島の人間でもあり、帝国軍人でもあるんだ」
と思うようになった。
その頃には、最初の時のように、
「生き延びるのは、戦争に勝つためだ」
という思いも薄れてきて、国連の調査団と出会うまでは、気持ちは、原住民になっていた。
だが、他民族と出会ってしまったことで、自分が日本人であることを思い出した。急に動揺が生まれた。その気持ちは、
「止まっていた時間が動き出した」
という気持ちだったのだ。
その止まった時間が一体いつだったのか、
きっとそれは、戦時中の、島に戻れず、こちらに取り残され、戦いも挑むこともできなくなった、
「何もできない帝国軍人」
という情けなさが、自分の中の時間を止めてしまったのだろう。
もし、あの時、島に戻っていれば、自分は生きているはずはないのだ、玉砕というのは、集団自決であって、生き残ることは、戦陣訓によって許されない。米軍の捕虜は、とにかくゼロなのだ。
作品名:「軍人の魂」と、「知恵ある悪魔」 作家名:森本晃次