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ご都合主義な犯罪

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「表から見ていれば、何と卑劣な男なのかと思うのだろうが、本音は完全に前のめりで、不倫を前提として、いかにごまかしきれるか?」
 ということが、大切なのかを考えていた。
 つまり、
「心ここにあらず」
 と言ったところであろうか、家にいても、どこか気持ちは上の空で、気が付けば、部下の彼女のことを考えている。
 奥さんのりえにいわれて、ハッと気づくが、一瞬でも、
「気持ちを見透かされているのではないか?」
 と思っているのではないかと考えると、恐ろしい気持ちになるのだった。
 奥さんも、自分の身体のことだけで精一杯なのだろう。最初から阿久津氏が彼女のことを気遣ってくれているということを信じて疑っていないかのようだった。
 しかし、実際には、途中から、
「心ここにあらず」
 だったのだ。
 女房を見ながら、会社の部下の女の子のことばかり考えていた。
 それは、今まで、
「真面目さだけが取り柄だ」
 と言われていた阿久津氏の、もう一つの部分だといってもいいだろう。
 まだ、その頃は、彼女と一線を越えてはいなかった。
「一線を超えるようなことをすれば、修羅に堕ちてしまう」
 という思いと、
「いや、これまでずっと真面目にやってきたけど、何もいいことがなかったではないか?」
 というまったく正反対の思いが交錯し、感覚がマヒしてしまっているのかも知れない。
 何もいいことがなかったなどと、本当は思っているはずはない。少なくとも、理想の女房と結婚でき、これから子供が生まれるのだから、これ以上のいいことはないはずではないだろうか。
 それを分かっているのに、何もいいことがなかったなどという思いは、これから迎えるであろう、
「不倫」
 という悪行の言い訳に使うという、実に姑息な考えであった。
 部下の彼女は、名前を稲垣あおいという。普段はOLの制服に身を包んでいると、絵にかいたような清楚な女性に見えるが、実際は、とらえどころのないという、あざとさを持った女性だったのだ。
 奥さんのりえと出会った時は、最初は、妖艶な雰囲気を感じたが、実際に話をしてみたりすると、清楚なところだけが目につく女の子だった。そのギャップのようなものが感じられ、阿久津氏は完全に一目惚れだったのだ。
 阿久津氏は、それまで女性に一目惚れしたことはなかった。学生時代に何人かと付き合ったことはあったが、何となく付き合うようになったり、相手が戸惑っているところを、ちょっとついてみると、付き合うことになったりという。自分の意思から付き合うようになったという感じではなかったのだ。
 だから、りえに一目惚れした時というのは、これほど新鮮で、ドキドキしたことはなかった。
「何としてでも、結婚したい」
 という強い思いがあったからなのか、完全に、りえも自分のことを好きになってくれたようで、実際に結婚して、二人の家庭を築き始めるまでに、それほど苦労があったわけではない。
 順風満帆だったこともあって、時間はあっという間に過ぎてしまったかのように思えたのだ。
 だが、子供ができて、それまで感じたことのなかった距離感が、どこかひび割れしているように思えてくるという、おかしな飛躍が頭にあった。
 それが、急に家庭を顧みることなく、あおいに気持ちを奪われることになったのだ。
 そもそも、子供ができてから、少しして、
「郊外でもいいから、一軒家を持とうか?」
 と言い出したのは、阿久津氏だった。
 その頃には、あおいと別れていて、あおいも、会社を辞めていったのだが、阿久津氏の中で、真面目過ぎる性格が災い(?)したのか、
「なるべく、離れたところで、家族をやり直そう」
 と思ったのだ。
 幸いにも、あおいとの不倫が誰にもバレることはなかった。会社にも、家族にもバレなかったことで、何とか、事なきを得たのだが、阿久津氏の中で、後ろめたさが残ったのも、無理のないことだった。
 少なくとも、あおいと別れてから、半年以上は、どこか上の空だった。
 家では子供がそろそろ一歳になろうかとしている時で、りえとしては、一番大変だった時なのかも知れない。
 臨月を迎えて、入院し、必死の思いで子供を出産し、家に帰ってきてからも、待ったなしで子育てが始まる。
 赤ん坊は、二時間に一回の割くらいで、お乳を挙げないといけないという。それは、夜中も関係なしのことだった。
 奥さんも、次第に憔悴していって、阿久津氏も、仕事のことを考えると、夜何度も起こされるのは、実に苦痛だったのだ。
 そんな状態でお互いのことを思いやる精神的余裕があるわけでもない。
 ただ、阿久津氏としては、頭の中に巣くっている、あおいへの思いを断ち切るにはちょうどよかったのかも知れない。
 もし、そんな状態でなければ、半年と言わず、一年か、あるいは、それ以上にショックが残ってしまったのかも知れないと思うのだった。
 阿久津氏が、あおいと別れることになったのは、ある意味、
「自業自得だった」
 と言えるのかも知れない。
 ただ、あおいに対しては、阿久津氏は悪いことをしたわけでも何でもなかった。
 ただ、奥さんを裏切る形で、言い寄られたとはいえ、あおいに心を奪われたのは、正直、一緒の不覚だといってもいいだろう。
 それが、ここでいう、
「自業自得」
 という言葉のすべてになる。
 つまり、あおいは、阿久津氏にモーションを掛けながら、もう一人、若い男にもモーションを掛けていたのだ。彼女の方は、二股をかけていたのである。
 そんなことはまったく知らず、
「俺だけを愛してくれているんだ」
 と、感じていた阿久津氏は、完全に、あおいに嵌っていた
 あおいの方は、その頃になると、阿久津氏を掌で転がしながら、適当にあしらっていたのだが、次第にモーションを掛けていた若い男が振り向いてくれるようになると、完全に有頂天になっていた。
 相手の男は、あおいが、
「俺以外の男も見ているんじゃないか?」
 と感じたことで、それまで、あまり意識をしてなかったあおいが気になってきたのだった。
 男というのは。
「相手が自分ばかり見ていると、少し焦らしてやろうと感じるのだが、相手が自分から少しでも離れようとしているのが分かれば、急に自分が焦り出し、捕まえておかねばならない」
 という思いを抱くようになるのだった。
 つまり、あおいに引かれたと思った男は、今度は逃がしてはいけないということで、あおいに、興味を示しだした。
「しめしめ」
 とあおいが思ったのだろう。
 そうなると、あおいも、阿久津氏のことは、完全に、
「二番目の男」
 に成り下がる。
 相手の男から、
「俺だけを愛してほしい」
 などろ言われると、電流が流れたかのようになり、もう男のいいなりになってしまう。
 これまでの三角関係での力関係は、まったく変わってしまったのだ。
 そうなると、三角関係で一番脆弱な、あおいと阿久津氏の関係が崩れるのは必然のことであった。
 ただ、この三人の関係においての力関係は、最初から決まっていて、変わってしまったと思うその時に、初めて決まっている方向に動き出したというだけのことなのかも知れない。
 そんな女に対して、本当は、
「もうダメなんだ」
作品名:ご都合主義な犯罪 作家名:森本晃次