ご都合主義な犯罪
遠吠えなどをしているようなら、きっと知らない人がうろついているという感じなのかも知れないと思うのだった。
漱石は、自分が物心ついてすぐくらいに、アムロが家にやってきた。
家に来た頃はまだ子犬だったので、アムロは漱石のおもちゃとして、ちょうどいいくらいだったが、二年もしないうちに、みるみる大きくなり、漱石を背中に乗せて、あt地塞がっている凛々しい姿を写真に収めたりしていた。
漱石はその頃の写真を見るのが好きだった。
「ねえ、漱石は、アムロと一緒に寝てたの覚えている?」
と、りえに聞かれて、
「ああ、何となくだけどね。まだ、アムロが家に来た頃は、確か家の中にいたもんね。その時、箱に古い布団を敷いて、丸くなって寝ていたっけお、かわいかったよね」
と漱石がいうと、
「あら? 今は可愛くないというの? 今だって十分に、かわいいわよ」
と、りえが言った。
「そういう意味じゃないよ。どうして大人って、そういう感覚になるのかな? 誰もそんな言い方をしていないじゃないか?」
と、少し膨れたように、漱石はいった。
「えっ、どういうこと?」
と、りえが聞くと、
「だって、僕が昔が可愛いと言ったからと言って、今が可愛くないとは言ってないじゃないか? 今だってかわいいよ。ただ比較にならないということなんじゃないかって思うんだよ。その言い方だったら、決めつけ見たいじゃないな」
と漱石はいう。
このような親に逆らうような言い方を時々漱石はいう。親とすれば、そんなつもりはなあったのだが、そういわれてしまうと、ぐうの音も出ない。しかし、だからと言って、何も言わないわけにはいかない。
「確かにあなたのいう通りなんだけど、そんなにムキにならなくてもいいじゃない。あんまり言いすぎると、反感を買ったりするわよ」
と言われて、漱石は露骨に嫌な顔を一瞬したが、すぐに我に返って。
「そうかな> ちょっと揚げ足取りになってしまったかな?」
というと、さすがに母親としても、
「そこまではいわないけど、相手によって、皮肉を言われたと思って、逆恨みをする人もいるだろうから、気を付けてね」
と言われた。
実は漱石は、学校でも結構毒舌で、敵が多いようだったが、自分はあまり気にしていない。
「思ったことを言わずに、黙っていると、自分でストレスを溜めることになるだろう? これって、自分で自分の首を絞めるようなものでしょう? だから嫌なんだよね」
と言って、嘯いていた。
そんな漱石は、学校では確かに敵も多いが、漱石を慕う人も決して少なくない。本人はそんなつもりは毛頭ないが、
「弱い者の味方」
ということで、君臨しているようだった。
女の子からも、結構人気があり、そもそも、甘いマスクは、母親の優しそうな面持ちから譲られているのではないかと思うのだった。
阿久津家の事情
閑静な住宅街のほぼ中心部分に位置する阿久津家は、ほぼ毎日、同じルーティンを繰り返す日々を送っていた。
旦那の阿久津氏は、家から都心部まで、通勤に約二時間という、通勤だけで結構大変な毎日を過ごしている。せっかく一軒家を持つことができたので、二時間の通勤時間もそれほど苦にならないと思っていたが、実際に一軒家に住むことも慣れてくると、最初の新鮮さが失われていき、通勤の苦痛がもろに襲い掛かってくるのだった。
そんな苦労を家族に知られたくないという思いは、足が攣った時の感覚に似ているというもので、なるべく一人で抱え込むような性格になってしまった。
そのせいもあってか、家族との会話があまりうまくいっていないようだった。
それでも、先日の休日に、隣の夫婦が訪ねてきて、
「奇妙な異音がする」
という話をした時は、本当は、
「休日なんだから、ゆっくりしていたい」
という気持ちがあったのも事実だが、それよりも、最近マンネリ化してきた中で、ちょっとした刺激のようなものがあった気がして、新鮮だった。
しかも、若い夫婦を見ていると、昔の自分たちのことが思い出されて、二人の様子を気にして見ていたが、そのうちに、隣の奥さんの姿に、妖艶さを感じ、最近感じたことのない、性欲のようなものがこみあげてきたのも、一緒に感じたのだ。
「最近、ご無沙汰だよな」
と思ったが、だからと言って、今さら、女房を抱きたいという感覚はない。
正直にいえば、子供が生まれてから、極端に二人の関係は微妙になってきた。
最初の頃は、二日に一回のペースで愛し合っていたのだが、妊娠したと分かると、
「子供ができる」
という喜びと、
「やっと、これで自分も家庭が持てる」
と感じたことが、この上なく嬉しかったのだ。
確かに、結婚して二人で暮らし始めた時から、その二人が自分にとっての家庭だったのは間違いない。
「これから、二人で楽しい家庭を築いていこう」
と言って、新婚生活に突入した時は、真剣に、そう思っていたのだ。
しかし、妊娠したと分かって、奥さんの身体をいたわったりしているうちに、今まで自分のものだと思っていた女房が、急によそよそしい気持ちになってきたのだ。
子供を宿してくれたことに感謝もするし、
「子供が生まれれば、家族が一人増えるのだ」
という気持ちになるのは確かなことだった。
その子が、次第にお腹の中で目立つようになると、
「いよいよ、命が育まれているんだ」
という思いと、
「女房が、子供に取られてしまうそうな気がする」
という子供に対しての嫉妬のようなものが生まれてきた。
子供ができてから、そんな気分に陥るという話は聞いたことがあったが、まさか、まだ子供が生まれ落ちる前からこんな気持ちになるなんて、まったくの想定外のことだったのだ。
そんな時、会社で事務員の女の子がモーションを掛けてきた。
「係長、今までお弁当だったのに、今は作ってくれないんですか?」
と、彼女が言ってくるので、
「うん、そうなんだ。妊娠しちゃったので、無理もさせられないと思ってね」
と言ったが、きっと、その時も、寂しそうな顔をしていたのだろう。
「可愛そうな、係長。いいですよ、私が明日から作ってきますね」
というではないか。
「そ、そんな悪いよ」
というと、
「大丈夫です。一人作るも二人作るも同じですからね」
と言って、強引な彼女の申し出を断ることができなかった。
彼女はどんどん接近してくる。阿久津氏は、そんな彼女を遠ざけようとするのだが、強引な彼女に押し切られるのだった。
「いや、実はそうではない」
阿久津氏が、まるで強引な彼女に押し切られているように書いたが、表から見ればそんな風に見えるだろうが、実はそうではない。阿久津氏の気持ちはまんざらでもなく。
「あわやくば」
という思いが次第にこみあげてきたのだ。
最初はさすがに、
「これはまずい」
という思いが強かったのだが。そのうちに、まずいという気持ちを表に発散させながら、それを隠れ蓑にして、彼女に責任を押し付けて、不倫を楽しみたいという、何とも卑劣な思いを抱いていた。
しかし、その時の阿久津氏は、