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ご都合主義な犯罪

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「私は女の切ない声が大好きだ。甘えてくる声を聴くと、どんなに激しく、気持ちのいい行為にも、勝るとも劣らないその声は、男の本性をむき出しにするものだった。しかも、聞こえるその声はサラウンド、そういえば、以前、電子音というのは、どこから聞こえてくるのか分からないということを聞いたことがある。十年数年くらい前に初めて聞いた、いわゆるケイタイの着メロというのが、まさにそれで、メールが届いた時、ケイタイが自分の近くになく、散らかった部屋の中のどこかで鳴っているのだが、どこから鳴っているのか分からないという感覚であった。それをその時に思い出したのだ。私が、どこから聞こえてくるのか分からない声が聞こえるということを、この間これ見よがしに話をした。もちろん、訳アリで話をしたのだが、きっとその人の証言から、私に何かあった時は、きっと、私がいざなったような結末になっていると思う。もっとも、この日記を誰か私に縁もゆかりもない人が見ているということは、その時点で、私はこの世に存在していない可能性がかなり高いだろう。そして。私がどうしてそうなったのかということを、形式的に警察が捜査していると思うと、死んだとはいえ、どこかしてやったりの気分になるものだった。あの生々しい声を警察の連中に聞かせてやれないのは悔しいが、その当の本人にお灸をすえるという意味でも聞かせるわけにはいかない。完全に、その声の主は、この私のものなのだ。私が他の人に託した言葉で、声の主の女は、今獄中にいることだろう。女とすれば、助かる可能性があるとすれば、私と関係がないということが唯一の砦なのかも知れないが、そこは私がぬかりなくやり、関係がなくともあるかのように偽装することなど、いくらでもできるというものだ。そういう意味では逆の方が難しいかも知れないぅらいだ」
 そこまで読んでくると、
「この男、何もかもその後の展開まで分かっていて、計算された動きをしていたんだ」
 と思わせた。
「私は、音についての犯罪を思いついたのは、阿久津家の子供の漱石君が、音に興味を持っているということだった。私は漱石君とは密かに仲良くしていた。彼は、自分を引きこもりのようにまわりに思わせたいという感覚があるようで、実際にはそんな引きこもりでもないのだが、、必要以上に、誰かとひそかに関係があるということに憧れているようだった。それを知った私は、最初はただの興味本位から彼に近づいた。漱石君は、私との世界を別世界のように感じ、思っていることを私に話したのだった。しかも、その話を絶対に他の人には話さないという思いが強く、その思いがあるからこそ、私との間に共通の感覚が生まれたのだろう。彼は私が殺されても、ビックリしないくらいになっていた。そのことは彼に匂わせていたし、彼も決して、他人の死に対して、余計な感情を挟むような男ではなかった。それなのに、二人でいる時は、興奮が羽を伸ばしたかのような感情から、秘密を持つにはお互いに最高の相手だったといえる。そういうことを書いたとして、彼が今回のことにかかわっているというわけではない、あくまでも、私独自の計画に、無意識のうちにアイデアをくれていたということと、これも無意識のうちに、私の計画の一端を担っていたということである。だから、彼にはまったく罪のないことを、ここで強く言っておかなければならない。そんな時、隣の奥さんに完全に飲まれてしまった私は、もう襲うしか想像ができなくなっていた。それが犯罪であることは百も承知だ。しかし、女が私を受け入れてくれるであろうことは、もっと高い確率で感じていた。なぜなら、女のあの喘ぎ声は、もっと相手に甘えたいが、その人では満足できないという思いから、甘えるだけではなく、女としての本性が現れていたのだ。だからこそ、この私が、我を忘れるほどの気持ちになったのであり、私の中にある、「S性」というものを、いかんなく発揮させてくれるそんな女の声だったのだ。声というものが、ここまで威力があるものだったとは知らなかった。漱石君が音についていろいろ調べていて、時々、音についての講義をしてくれる。その時ちょうど聞いたのが、マスキング現象と呼ばれるものだった。実は、この犯行を思い立った時、音による複数の現象を絡めることから始まったのだ。まずはこのマスキング現象というもので、音が重なった時、片方からの音がかき消されるという現象と、さらにもう一つは、ハース現象と呼ばれるもので、同じ音が複数から聞こえてきた時、早く到達した方からしか、音がしていないという錯覚のことである。これら二つと、さらに前述の、前からくる音と、去っていく音とで聞こえ方が違うというドップラー効果であったり、どこから聞こえてくるのか分からないという電子音の魔力であったり、音を絡めていくと、それだけで、一つや二つの複合したトリックが思いつきそうに感じるのだった。さらに忘れてはいけない、モスキート音、この音は、一定の年齢以降では聞こえないという特徴すら持っているのだ。私が、漱石君と仲良くなったことで、いろいろな妄想を実現するために、音を利用しようと考えたのが、分かってもらえるというものではないだろうか?」
 この日記は、まるで、犯罪の告白文のようであった。
 それもそうであろう。
「日記というものは、自分だけが見るもので、自分に何かなければ、他人の目に触れることなどない」
 ということだからである。
 果たして、彼の言いたかったのは何であったのだろう?
 話の内容からは、
「音の性質というものを利用して何かを行った」
 ということであるが、最初見た時は、何のことなのか分からなかった。
 何度なく、自殺をほのめかしているように見えるが、それであれば、遺書があってもよかろうものを、遺書がない。とにかく、不可解な事件であり、しかも、彼が何をしたいのかということは、この日記を見なければまったく分からない。
「日記を見たから分かった」
 ということであれば、、それこそ遺書であってもいいはずだ。自殺だとすると、これが遺書にでもなるということだろうか。
 確かに、彼が死んでしまえば、この内容は白日の下に晒されて、何が言いたいのか、見る人によっては分かるかも知れない。
 しかし、これは誰にあてたものというわけでもなく、事件の全貌が分からない以上、誰からに知られるわけにはいかない。警察がこれを元に捜査をすることはできるかも知れないが、この文章は、基本的には個人情報でもあり、簡単に口外できるものではないだろう。
「死んだ人に、個人情報などない」
 という人がいるかも知れないが、逆である。
 昔は、生きている人に今ほど個人情報ということを騒がれることはなかったので、逆に死んだ人間を尊厳するということが当たり前だったのだが、今は生きている人間が尊厳されるのが当然ということになったので、死んだ人間の尊厳について、今さら言う人も少なくなったのであろう。
 要するに
「人間の尊厳は、生死にかかわりなく、尊重されるものだ」
 という当たり前のことなのである。
 ただ、光にしろ音にしろ、この男性にとって、何かのきっかけになったことは確かだろう。その背中を押したのが、好きになった奥さんだった。
作品名:ご都合主義な犯罪 作家名:森本晃次