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ご都合主義な犯罪

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 あの奥さんが、どんな人間なのか知ることもなく死んでしまったのだろうが、あの奥さんは、正直、男性を手玉に取るところがあったのだ。
 ただ、本人は今の今Mでそんな性格だったなどと思ってもいない。男を惑わすその声が、男に錯覚を覚えさせたのだ。
 ハース現象と呼ばれる、複数方向からの音は、この男にとっては錯覚だった。電子音という発想と、ドップラー効果の発想から、
「幻聴が聞こえたとしても、それはしょうがないことなんだ」
 と思わせたのかも知れないし、幻聴という感覚すらこの男にはなかったのだ。
 あくまでも、この女の悩ましい声が、本当は蚊の鳴くような小さな声であり、sれがゆえに悩ましく、男を狂わせるということに気づいていたのだろうか?
「ただ、声が大きければそれでいい」
 という思いがあったことで、まるで拡声器でもあるかのように、どうすれば、大きな声で自分を魅了するか? ということを考えた時、
「音がハウリングすればいいんだ」
 と考えたのも、無理のないことに違いない。
 ただ、この男は気づいていなかったが、相手が女であるということは、あくまでもか弱いものだということを感じることから始まる。
「俺は、母親の耐えられないような大きな声を聴いて、それが耳から離れず、その声を求めていたのかも知れない」
 と感じた。
 母親は殺されたのだが、その時、強盗に乱暴されたということを、子供心に恐怖で助けに出られなかった時を思い出す。ただ、それは母親の声が子供である自分の頭の中をくすぐっていたのだ。
 嫌なはずなのに、抵抗しているはずの母親なのに、どこか歓喜の声のように感じる。女としての本性が、子供であっても、男としての自分を奮い立たせたのだった。
 ただ、この時の母親の声が、
「前にも聞いたことがあった気がする」
 というものであったが、本来なら絶対に聞けるはずのないものなので、否定するしかなかったのだが、その声というのは、
「母親が自分を出産する時」
 つまりは、分娩の時のあの苦痛の声だったように思えて仕方がなかった。
 何という矛盾であろう、しかも矛盾というだけではなく、そこには、母親が襲われているのに助けられないどころか、男として興奮していたという理不尽な思いが頭をよぎってしまって、完全にトラウマになってしまっていたのだった。
 そのトラウマを、生きてきた今まで、その時々の節目である段階に、いつも感じていたのだ。
 今回が、その何回目だったのか、覚えてはいない。
「十回目か、二十回目か、あるいは、百回目なのか?」
 と、頻繁にあったことを思わせる。
「まるで呼吸のように、絶えず身体に刻み込まれた、まるで年輪のようではないか?」
 という思いが痛烈に襲い掛かっていたようだ。
 そのうちに、自分が何を考えているのか分からなくなり、きっと隣の新婚夫婦に対して、自分が母親に対して感じた思い、さらに、母親を奪ったあの時の犯人への復讐心を、隣の旦那に感じたのかも知れない。
 モスキート音で、カモフラージュというか、感覚をマヒさせたことによって、男はかねてからの計画を実行する。
 完全な逆恨みであるので、相手を殺すというような行為はできなかった。
 せめて、相手に罪を着せるかのような形に持っていきたかったのだが、それも、自分の主旨とは違っている。そこで、事件の全貌がまったく分からないような話にしておいて、男を少しでも苦しめることができ、最終的に、男が罪に問われないという、いわゆる、
「ご都合主義な犯罪」
 というものを考えたに違いないのだ。
 だから、この話は、探偵小説なのだろうと思うのだが、犯人も、被害者も、ハッキリとしないアバウトな内容になってしまったことで、探偵も警察の捜査も何もないものとなった。
 あくまでも、音というものに話を誘導し、この事件を表から覆いかぶせる他たちで、最終的に、他人事のように、
「いや、決して他人事でない本人の遺書」
 という形で、話を締めくくるという、実に不可解なお話である。
 この事件において、犯人が誰なのか? そして真相というものは、どこに存在するというのか? 一揆の本人であるその人が死んでしまった以上、その謎は、永久に謎のまま終わってしまうことになるだろう……。

                 (  完  )



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作品名:ご都合主義な犯罪 作家名:森本晃次