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ご都合主義な犯罪

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 そんな早朝に、二軒隣の家から、悲鳴のようなものが聞こえた。その家は、この間、うちに騒音のことで相談に来たところであり、騒ぎがあったのは、その家を挟み、その家を一軒とカウントした、もう一軒隣の家だったのだ。
 パトカーの音を感じたという、漱石の意識に間違いはなく、ただ、漱石としては、完全に睡魔の中で、意識を平静に保つことができなくなっていて、パトカーの音を意識しながら、さらに深い眠りに就いていたのだ。
 あのサイレンの音を聞いて、まるで子守歌のように感じたのか、それとも、パトカーのサイレンにトラウマのようなものがあり、そのトラウマのせいで、パトカーから逃れたいという一心で、無理にでも眠りに就いたのかも知れない。
 あれは、学校で、一度、異臭騒ぎがあったことがあった。ちょうど年に一度の防災訓練が行われている時で、全校生徒が校庭に出ていたのだ。
 ちょうどその時、校舎の一部から、火の手が上がり、火事が巻き起こった。
「キャー」
 という声とともに、逃げ惑う生徒に対して、
「落ち着いてください」
 という拡声器から漏れてくる先生の声を明らかに動揺している。
 ちょうど防災訓練のために、警察の人が控えていたので、落ち着かされることはさほど難しいことではあったが、警察としては、防災訓練で詰めてきているところで起こった火災事件だったので、面目は丸つぶれだった。
 幸いにも、ぼや程度だったので、大きなパニックにならずに済んだが、鑑識の見立てによれば、
「これは、放火の可能性が高いですね」
 ということであった。
 ただ、ぼやであったことからも分かるように、学校時代を焼き払おうなどというほど大規模な火薬が使われたわけではなく、可燃物かかき集めてきて、それに火をつけた程度で、計画的な犯行であることは明白であったが、そのわりに、
「チャちい」
 というのは、却って、不思議な感じを醸し出させ、怖い気がした。
 何が目的なのかが分からないからだ。
 最初からぼやを起こすだけが目的だったのか、火薬が中途半端の時点で事件を引き起こしたのは、どうしてもその日。つまり、避難訓練に合わせたかったからだといえるだろう。
 しかし、明らかに放火だと分かる手口で、最初から学校を燃やすつもりはなかったわけなので、その放火理由の推測は、どれを考えても、無理があるのは仕方のないことであった。
 だが、実際に捜査が続いているうちに、犯行を犯したのは、一人の生徒だった。
「テストの結果が悪いのは分かっていたので、何とか、答案用紙が燃えればいいと思った」
 という何とも幼稚な動機だった。
 なるほど、教員室の近くで出火し、教員室の一部が燃えていることから、確かに同期の裏付けにはなるが、それにしても、幼稚すぎる。決定的な決め手は、防犯カメラの映像だが、最初は頑なに否定していた犯人である生徒も、防犯カメラの映像を見せられると、観念したように話し出した。彼が友達だったこともあって、その生徒の反抗理由が矛盾だらけで、不可解だったことと、実際の火が出た時のリアルな様子とがアンバランスで、そのギャップからか、パトカーのサイレンの音が、嫌になったのだった。
「今朝のあのサイレンの音、あれはパトカーだったのかい?」
 と、その日の夕方、漱石は、母親のりえに聞いた。
「ええ、そうよ、二軒向こう隣の方が亡くなったらしいの」
 というではないか?
「亡くなったって、パトカーが来るということは、普通の自然死や病気ではないということだよね? 自殺か、事故死か、あるいは、殺人か?」
 というと、りえは、少し首を垂れるようにして、
「ええ、どうやら殺されたということらしいのよ」
「それで、朝のあの時間に来ていたわけだね。ということは、夜中に殺されたということなんだろうか?」
 というと、
「そうかも知れないわね」
 それを聞いて、昨夜の犬の遠吠えのことを思い出した。
 その話を母親にしようかどうか迷った。だが、今の母親の話を聞いているだけでは、詳しいことを知っているわけではなさそうだし、何よりも、殺人事件があったということだけが気になるようで、本心では、
「別に他人のことであって、私たちには関係ない」
 と思っているように思えた。
 しかし、その殺人というのが、通り魔や、強盗のようなものだったら、いつうちも狙われるか分からないというのも気になっていた。
「犯人って、捕まったんだろうか?」
 と、独り言のように聞くと、
「まだみたいな話よ。警察も今捜査を始めたところだっていうから」
 という。
「確かに、そんなに簡単に捕まってしまうのであれば、よほど計画性のない殺人だったということになるな」
 というと、
「そうなのよね」
 と、言って、少し母親は怖そうにしていた。
 確かに、このあたりは閑静な住宅街であり、ほぼほぼ警察が介入してくるような事件とは縁のないところだった。
 ただ、警察が介入してこないだけで、それぞれの家庭では、それぞれに問題を抱えているのではないかと思えてきた。
「うちだって、何の問題もないように、表から見ていれば見えるかも知れないけど、ひょっとすると、何かの火種が渦巻いているかも知れない」
 と感じていた。
 漱石は、自分が母親のお腹の中にいる時、父親が不倫をしていたという事実を知らない。母親も父親もそのことに触れることはないので、両親に限って、家族不和に陥るようなことはないと思っていた。
 だが、自分は果たしてどうだろう?
 今のところ、他の家庭にあるような、引きこもりであったり、苛めの問題というのは怒ってはいないが、これから受験に向かっていきことだし、いくら中学時代に高校受験を経験したといっても、高校から大学受験はまら大きく違うのも分かっている。
 しかも、中学時代と違って、高校生になれば、それまでの毎日とはかなり違う生活になっているような気がする。
 一番大きな違いは、まわりの大人が自分たちのことを見る目であった。
 中学時代までは、
「まだ、子供だから」
 という目で見ていたように思っているが、高校生になると、とたんに、それまでと違って、
「高校生にもなって」
 という目で見てきているのを、露骨に感じるのだ。
 思春期においても自覚の中でその思いがあった。中学時代から始まって、高校一年くらいまでが思春期だったと思っているが、高校入学とともに、何かがあったわけではないのに、
「ワンステップ上がったような気がする」
 という感覚があった。
 その正体は分からないが、
「高校入学と同時に変化を感じることができたから、高校一年で思春期を終わったという自覚を持つことができたんだ」
 と感じたのだ。

               音の現象と特質

 事件が起こってから、まるで何もなかったかのように、皆静かだった。
「この街って、こんなに静かだったのかな?」
 と感じるほど、まわりは一切何も言わない。
 というのも、自分が勝手に静かな街をイメージしているからなのかも知れない。実際には、もう少し賑やかなのだろうが、
「殺人事件が起こったんだから、そりゃあ、かん口令が敷かれるわな」
 という思いがあった。
作品名:ご都合主義な犯罪 作家名:森本晃次