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ご都合主義な犯罪

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「もし、灰皿を設置していなくても、一部の無法者たちは、灰皿があろうがなかろうが、関係なく、今までのように、タムロして、タバコを吸うことだろう、。その時のタバコは、道にポイ捨てにされるだけで、下手をすれば火事になってしまう可能性もある。やつらは、そんなことを考えもせずに、自分さえよければいいという連中ばかりなので、まだ灰皿を置いているだけ、火事になる可能性が下がる分、いいだろう」
 とでも考えているのだろう。
 政府のバカさ加減がよく分かるというものだ。
 法律は、作ればいいというものである。
 法律を作り、罰則を設けたのであれば、それをちゃんと取り締まるだけの、環境を整えてから法整備をしなければいけないのに、
「法律を作ったんだから、守られるだろう」
 というような、実にバカげた、
「お花畑的発想」
 が、本当に通用すると思っているんだったら、本当におめでたいといえるのではないだろうか。
 コンビニやファストフード、さらには一部の駅などでは、そんな無法者のタムロに業を煮やしているのは、
「やつらによる、営業妨害に繋がるからだ」
 ということで、
「無法者たちの撃退方法はないものか?」
 ということで登場するのが、この、
「モスキート音、発生装置」
 というものである。
 つまりは、モスキート音が若者だけに聞こえる異音だという特徴を使って、
「何か気持ち悪い音がする」
 ということで、うまい具合に、若者を撃退することができるというものだ。
 ただ、無法者は若者ばかりとは限らない。年配の連中の無法者をいかに撃退するかということも、問題ではないだろうか。
 何はともあれ、音の現象としての、モスキート音を利用しての、嫌な相手への撃退方法というのは、実にうまくできているものである。
 漱石は、コウモリの話と、この間の弁論大会でのふがいない自分の理由に、声の特性を分かっていなかったことと、マジックミラーのような光の特性を感じたことで、音や光に興味を持ち始めた。
 最近では特に音について気になることを調べたりしていたのだ。
 今回の声が、実際に発している自分と、それを客観的に聞こえる声とがここまで違ってしまうとは思ってもみなかった。
 そもそも、自分の声というのは、自分の姿と同じで、鏡や録音などの何かの媒体を使わなければ、その真実を見たり聞いたりはできないということが分かっただけでも進歩な気がした。
 だが、ここまで自分の声が違っていたと感じたのは、正直びっくりを通り越している。それだけ感覚というものが曖昧なのか、それとも、幅が広いので、捉えることが難しいのか、それを考えると、音というものの効果には、もっといろいろと興味深いものがあるというのを知りたいと思ったのだ。
 最近、気になっているのが、
「ドップラー効果」
 というものであった。
 これは、一つの例として、
「救急車のサイレンの音が、向かってくる時と、自分の前を通り越してからとでは、その音に違いがある」
 ということを証明するものである。
 救急車のサイレンがこちらに向かってくる時は、音が高いのに、通り過ぎると、とたんに音が低くなる。この現象は、波によるものだと考えれば、分かるのではないだろうか。
 目に見えない空気中の波というと、音波や電磁波などであり、この救急車のサイレンの場合は、音波によるものである。
 つまり、
「救急車がこちらに向かってくる時、救急車から発散されるサイレンという音波が、発信源を元に広がっていて、こちらに向かって来ようとしている方向とを考えると、そこにはアゲンストの風のように、音波が密になっているのだ。逆に去って行こうとしているのは、音波を追いかける形になるので、その音波の感覚が広くなり、過疎化している状態なのだ」
 ということである。
 音とというものは、音波が密になると、高周波音になり、逆に過疎になると、低周波になるのだ、それが、音となって現れると、
「近づいてくる音は高く感じ、遠ざかっていく音は低く感じる」
 ということになるのだ。
 これを利用したのが、コウモリの超音波による、反射を使った、
「目の代わりになる」
 というものであり、さらには、野球などでの、球速の測定器として使われる、
「スピードガン」
 というものに利用されたりしている。
 このドップラー効果というものは、音だけに限ったものではない。
「光のドップラー効果」
 というものが存在したり、何と、原子炉の安定性というものに、このドップラー効果というものが関係しているということだ。
 ドップラー効果を使用したものは、たくさんあり、スピードガンはもちろん、医療用の超音波検査装置などというものにも応用されている。そういう意味で、ドップラー効果というものが、人間の生活に、深くかかわっているということの証明でもあるだろう。
 そういう意味では、警察がスピード違反を取り締まることにも一役買っていることだろう。
 音が関係している機械には、結構治安を守る警察で利用されているのも、多いということではないだろうか。
 コンビニやファストフードなどにおいての、モスキート音発生装置も、防犯という治安をよくするために使われてるわけなので、それは当然、世の中の役に立っているということで、本当に重宝しているのである。
「異音がする」
 と言って隣の夫婦が来てから、二週間ほど経った深夜のこと、都心部では、
「眠らない街」
 などという渋谷があったりするのだろうが、さすがに閑静な住宅街と呼ばれるこのあたりでは、深夜の午前二時、いわゆる、
「草木も眠る丑三つ時」
 と呼ばれる時間は、シーンと静まりあえっていた。
 信号機があるところも、ほとんどが点滅信号になっていて、聞こえるのは、犬の遠吠えくらいであろうか。
 都心部ではなかなか飼うことのできないペットを飼っている家も多いようで、犬の遠吠えのような声は時々聞こえてくる。
 一匹が吠えると、それに共鳴したかのように、他の犬も吠え出すのが普通なのだろうが、このあたりの閑静な住宅街は、犬も忖度をするのか、それほど連鎖反応が起こるだけではなかった。
 ただ、その日は、一匹だけ少し普段と違った声を発する犬がいて、その飼い主は、気になって、なかなか眠れないでいた。
 ほかならぬ、犬のアムロと、飼い主である漱石だったのだ。
 漱石は、元々夜更かしだった。受験勉強もそろそろ始めなければいけないということで、勉強時間も夜少しずつ増やしていくことで、慣れさせようという意図の元、夜更かしは勉強を少しして、少しテレビを見たりなどして休憩し、それを何クールも繰り返していくことで、身体を徐々に受験勉強に慣れさせようと思っていた。
 いきなりの受験勉強で、夜型にしようものなら、無理がくるのは分かっていた。最初から無理をしていると思って無理をするのと、徐々に身体を鳴らしてから入るのとでは精神的にも肉体的にも全然違っている。無理をしているかどうかの違いが結構大きかったりするのであった。
 そういう意味で、午前二時というのは、漱石にとっては、
「まだまだ序の口というものだ」
作品名:ご都合主義な犯罪 作家名:森本晃次