ご都合主義な犯罪
いきなり因縁をつけられた友達は、平然として、ニヤリとした笑顔さえ浮かべた。マウントはこちらが完全にとったはずなのに、一体どういうことなのか、思わず、目を白黒とさせているかのようだった。
「いやいや、そんなことするわけはないよ。でも、おかげでどうして先生が君にこれを見ろと言ったのか、理屈としては分かった気がしたよ」
というではないか。
「じゃあ、どういうことだっていうんだい?」
完全に、漱石は興奮していて、常軌を逸しているのだ。
「そこまでは分からないが、君がこれを見て、しかもいきなり、かなりの衝撃を受けていたということが分かっただけで、先生は、きっと最初から今の君の衝撃の理由までも看破していたんだろうな」
というのだった。
「一体どうしてこんなことになったんだ?」
と独り言をつぶやいているように見えたが、
「何をそんなに不思議に思っているんだい?」
と聞くところを見ると、彼には想像すらついていないようだった。
それを見ると、興奮も幾分か、溜飲が下がってきて、
「あ、いや、自分でもよく分からないんだけど、本当にこの映像の俺は、この俺なんだろうか? って感じるんだよな」
という漱石だった。
「そりゃそうだろうよ、こんなところで編集なんかしてどうするっていうんだ。セクシー動画じゃあるまいし」
と、どこか、捨て鉢な言い方になっていた。
「彼は、先生と、目の前の漱石に頼まれたから見せただけで、何も俺から文句を言われたり、因縁をつけられるようなことはないはずなんだ」
と感じたのだった。
そこまでくると冷静になった漱石は、
「画面に映っているのは確かに俺なんだけど、俺って本当にこんな声をしているのかい?」
というと、
「何言ってるんだよ。その通りさ。と言ってみたが、たぶん、そんなことではないかと想像はついたのさ。俺だって、最初に放送部で放送した時、これが一番引っかかったんだ。後からテープで聞いて。これが自分の声なのかって思った。こんな籠った声で、そのわりに、中途半端に声が高いんだ。いわゆる、俺が一番嫌いだと思っているタイプの声が自分の声だというのは、相当なショックだったさ。何と言っても、俺は放送部としてプロになりたいと思っているのに、最初からここまで致命的な声だったのかと思うと、このまま辞めてしまおうと考えたほどだったのさ。だから、君の気持ちも分かる気がするって言ったのさ」
と、友達が言った。
「そう、その通り、俺の声がこんなに籠っていて、まるで二オクターブくらい高い声になっているなんて、思ってもみなかった。そして、今君が言ったように俺にとって一番ショックだったのは、俺の一番嫌いなタイプの声だったということさ。実際に俺の嫌いなやつと同じ声質をしているなどということを、本来なら、口にしたくもないんだからね。それを思うと、本当にたまらない気分になる。もうこれ以上、聞きたくないって気持ちになるのかな?」
というと、
「その気持ちは分かるんだけど、実際の声と他の人が感じている声が少しは違うということを、まったく意識していなかったのか?」
と聞かれて、
「ああ、そんなこと知るはずもない」
というと、
「いやいや、理科の時間で習うはずだけどね。もちろん、自分の声をレコーダに吹き込んで聞いてみたという感じではないんだけどね」
と、友達は言った。
「そうなんだけどね。でも、ここまで違うと、自分の耳を疑うというよりも、皆にこんな風に聞こえていたのかという気持ちの方が強くて、それがそのままショックに繋がるんだよね。自分の耳を疑う方が本当な厳しいはずなのに、さらに悪い方に考えてしまったようで、どんだけネガティブなんだよって叫びたくなるくらいなんだよね」
と、漱石は言った。
「それにしても、二オクターブとはよく分かるものだね。俺が最初に聞いた時は、そんな発想にはならなかったね。とにかく、もっと漠然と、こんなに違うものなのか?」
という程度だったんだけど、
「結構分かるものだと僕は思っているよ」
「君は、楽器をやっていたりするのかい?」
と聞かれて、
「いや、楽器はやっていないよ」
と答えると、
「まさか、絶対音感あんか持っていないよな?」
といわれ、
「何だい? その絶対音感というのは?」
というと、友達はびっくりしたように、口をポカンと開けた。
「そんなことも知らないのか?」
という表情である。
だが、それに関して深く掘り下げることなく、
「絶対音感というのは、耳に入ってくる音が、まるでドレミの音に聞こえてくる特殊能力のことなんだ。俺ももちろん、そんなものを持っているわけではないので、ハッキリとした感覚も分からないし、どういうものなのか、想像もつかないんだけど、絶対音感を持っていれば、音の高さの違いの範囲をちゃんと口にできるんだろうなって思ったんだ。君のは当てずっぽうかい?」
と聞かれて
「当てずっぽうと言われればそれまでなんだけど、何となくイメージしている音階であって、自分の中ではそれほど違いがないように聞こえるんだ」
というと、友達は、
「なるほど、だからさっきのショックの大きさがそのことを示していたわけだ」
と友達は答えた。
「そうかも知れない。どちらかというと、中途半端な感覚なんだけど、その分、変な自信があって、中途半端な分、信憑性を掴もうと、少しでも違っていれば、自分の中で許せないところがあるんだ。けど、元々ある信憑性ではないので、勝手な発想になってしまうのが、怒りやショックに繋がるのかも知れないな」
と、漱石は言った。
「そのあたりの心境は分からないが、きっと君は相当な自信家であり、間違ったことが極端に嫌いな、潔癖症なのかも知れないな。たぶん、考え方も勧善懲悪なんだろうな」
と友達にいわれて、次第に、
「これって、ひょっとすると、皮肉を言われているのかな?」
と感じた。
最初は褒められているのだと思って、少し照れ隠しに済ましていたのだが、それが見当違いだと思うと、次第に怒りがこみあげてくる。
この怒りは、友達に向けられてというよりも、むしろ、自分に対して向けられていることだということを、さすがに友達には分かっていなかった。
そして、ここまで聞けば、
「なるほど、先生がまず、放送部で、あの時の画像を見せてもらってこいと言ったわけが分かった気がしたよ。これだったら、もう俺の方も、完全にぐうの音が出ないもんな。これで文句を言えるようなら、相当な傲慢さか、勘違い野郎だということになるのだろうね」
ということだった。
友達も理解できたようで、
「まあ、しょうがないよ。ところで、来年はリベンジするのかい?」
と聞かれて、
「いや、そのつもりはない。リベンジするには、かなり乗り越えなければいけないハードルがかなりあると思うんだ。目の前に見えていることだけではないと思うと、かなりの障害が立ちはだかっているように思えてならないんだよ」
と、漱石は言った。
「でも、自分の声の特徴はこれで分かったでしょう? どうして順位が低かったのかということも絡めて」
と、友達に言われて、