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ご都合主義な犯罪

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 精神的にも、波乱万丈だといってもいい時期だった。
 阿久津本人もそうだが、翻弄されたという意味で、やはり一番きつかったのは、妻のりえだったかも知れない。
「夫が不倫している」
 ということが分かった時、りえは悩んでいた。
 確かに、自分が子供のことで気を取られてしまっている間、
「夫に寂しい思いをさせてしまうのではないか?」
 という気持ちにさせるのも分かっていた。
 だが、さすがに自分の知らないところで不倫をしているのは、許せないと思った。
 いや、
「知らないところでするのだったら、バレないようにしてくれればいいのに」
 と思ったのだ。
「知らぬが仏」
 というが、まさにその通りであり、どうせ不倫をするのなら、自分の知らないところで、自分が傷つかないようにしてくれれば、いいのだと思った。
 不倫をしていても、その素振りがないのなら、自分が疑うことはないと、りえは思っていて、
「だったらm最後まで騙し続けて、墓場まで持って行ってほしいものだわ」
 と感じた。
 阿久津の性格から、
「どうせ長続きはしない」
 と思った。
 それはあくまでも、阿久津の性格が、飽きっぽいからだということであって、まさか、その飽きっぽさが、自分にも降りかかってくることだとは思ってもみなかった。
 だが、考えてみれば、夫婦とはいえ、しょせんは他人なのだ。婚姻して夫婦になったというだけで、感情面や肉体面は、結婚していない女性と変わりはないのだ。
 むしろ、夫婦でない方が蟠りがない分、別れる時も難しくないだろうという思いでいたのかも知れない。
 しかし、情というのは移るもので、だからこそ、不倫をした男も女も別れる時に悩むのだ。
 別れの原因が配偶者にバレたということではなかったとして、配偶者が何も知らないのであれば、そのまま元の鞘に収まればいいだけであった。
 だが、実際にはそうもいかない。別れると決めたとしても、まだ不倫相手に未練が残っていることも結構ある。
「何をそんな勝手なことを言っているんだ」
 と、普通に考えればそう思うだろう。
 しかし、悩んでいる方からすれば、
「俺だって、まさかこんなふうになるなんて思ってもみなかったさ。何でこんなに俺が苦しまなければいけないんだ?」
 と、不倫をしたのは自分だということを棚に上げて、そう考えているのだった。
 やはり、情が移ったといってもいいだろう。
 愛する相手を見失ってしまっているのだ。本当は、元の鞘に収まることを望んでいるはずなのに、
「なぜ、不倫相手を忘れられないんだ? しかも、その身体に飽きが来ているはずなのに……」
 と考えてしまう。
 つまりは、感情と肉体とで、感じることが正反対になることが往々にしてあるんだということである。
 だからm不倫相手に別れを言い出した本人が、土壇場になって、別れることができないということもあったりする、
 それは心変わりではなく、逆に自分の本心に気づいたからではないだろうか。
 そのことを考えると、阿久津があおいとうまく別れられたのは、奇跡だったといえるかも知れない。
 後から考えれば、
「あおいの身体にそろそろ飽きが来ていたので、妻にバレたことを言い訳にして、うまくあおいと別れることができ、その潔さが、りえに好印象を与えたことで、離婚せずに済んだのだ」
 と、阿久津は思ったが、しばらくしてから、あおいを懐かしく感じることがあったりした。
「どうして今頃?」
 と感じたが、その気持ちが、彼女が与えてくれた優しさだったことに気づくと、阿久津は、
「人への思い、人から感じるものは、肉体面と精神面とで、必ずしも一致しているわけではないんだ。特に別れてしまうと、その慕情は、肉体面に比べて精神面では、かなりの差があるに違いない」
 と感じた。
 そういう意味で、その時になって、やっとああおいが、自分にとって、
「忘れられない思い出」
 になってしまったのだと、感じたのだった。
 その時は、本当の意味での、「別れ」だったに違いない。
 阿久津にとって、あおいというのは、ただの不倫相手ではなかったのだろう。
 かといって、最初は、執念深く、別れることを拒否していたあおいだが、彼女のそんな諦めきれないような態度に、それまでの気持ちが冷めてしまったと、阿久津は思った。だから簡単に諦めがついたのだが、そんな阿久津を見たあおいは、
「結局、これでもうダメなんだ」
 と感じてしまったのは、阿久津のオーラで諦めを感じてしまったからだろう。
 それまでの熱が一気に下がってしまい、もう完全に気持ちも萎えてしまった。
 まだ、身体だけが萎えてしまった阿久津に比べ、その時点で立場は完全に、逆転したのだった。
 阿久津がその時、あおいに対しての精神的な部分に気づいて、よりを戻そうとしても、無理だっただろう。
「どうしてなんだ? 君の方に未練があったはずなんじゃないか?」
 と言って、詰め寄ると、立場が逆転したことを悟ったあおいは、完全に立場的には強いもので、
「何言ってるのよ、最初にあなたが私から離れようとしたんじゃない。勝手なこと言わないでよ」
 と罵声を浴びるに違いない。
 しかし、男とは情けない人種で、それでも、
「あの女は私を愛しているんだ」
 と思って、再度、よりを戻そうと説得に掛かる。
 もうどうしようもない状況になりながら、それでも追いかけようとするのは、これほど醜いものはない。女の側に少しは残っていた感情も、そんな姿を見せられると、
「百年の恋も冷めてしまう」
 とはまさにこのことであった。

                 漱石の場合

 そんなことを、今になって思えば、分かることであった。
 時間が解決してくれて、分かるようになったのか、それだけ、自分の頭が冷静に判断できるようになったからなのであろうか、阿久津自身にも分からなかった。
 それでも、やはり夫婦の間の営みはなかった。
「いつ別れるかも知れない」
 という覚悟だけはしておこうと、阿久津もりえも感じていた。
 ただ、せめて、
「その時が来るとすれば、息子が高校を卒業するまでは、このままでいよう」
 というようなことは考えていた、
 だが、それだけを考えていると、意外とうまくいかないもので、二人の我慢は、次第に露骨になっていき、さすがに息子にもその雰囲気が伝わっていき、家族がバラバラになっていくのを、三人が三人とも感じていたのだった。
 そんな時、隣の夫婦が、
「異音がする」
 と言って相談に来たのだ。
 ある意味、気分転換にはよかったであろう。
 久しぶりに、旦那はいなかったが、息子と母親の入った会話だったのは、母親にとっても、息子にとっても、新鮮なことだったのだ。
 それに今は、犬のアムロもいる。アムロの存在が、家族のそれぞれを結び付けることはできないが、離れることもできないような状況になっていると考えると、アムロを飼うようにしたのは、正解だった。そして、その証明が、もう少しして訪れるなど、その時は思ってもいなかったのだ。
 息子の漱石は、高校二年生になっていて、そろそろ進路を決めて、大学受験を真剣に考えなければいけない時期に来ているといってもいいだろう。
作品名:ご都合主義な犯罪 作家名:森本晃次