無限と矛盾~知恵ある悪魔の創造~
しかし、向こうの世界では、戦争というものが存在しないとでも言えるほど、平和なのだ。
一番の理由は、
「戦争をする意義がない」
ということと、
「力が均衡していて、まるで三すくみのような格好になっている」
ということだった。
戦争をする意義がないというのは、一番大きいのは、宗教が一つということであり、少なくとも宗教戦争はありえないということだった。さらに、戦争をすると、どちらかに集中するか、すべてが中立となるかによって、戦争をしてたとえ勝利したとしても、平和の均衡が崩れて、結局疲弊した国家が、負けるという構造になっているのだった。
やつらの世界での奴隷制度というのは、ある意味で、
「雇用問題への解決手段」
でもあったのだ。
彼らが実際にうまく、需要と供給のバランスがうまくいっている時は、よかったのだが、そのうちに、原因不明の伝染病が流行り、人間がバタバタと死んでいくという事態に陥ってしまった。
そんなパニックに、今まで陥ったことのなかった世界だったので、社会の混乱はハンパではなかった。
そんな時に巻き起こるのは、どこの世界でも同じことのようで、
「奴隷たちが、伝染病を広めた」
という、デマが流れたのだ。
ちょっと考えれば、そんなバカなことなどありえないのは分かるはずだ。何と言っても、そんなものを広げる理由が彼らにはないからだ、現に彼らの仲にも被害者はいて、伝染病は忖度もしなければ、皆に対して平等だった。
そんな状態なのに、まったくと言って信憑性がないことを信じてしまうのは、それまでまったくパニックになった経験がないということと、怯えているだけの中に、たった一つだけでも確定的な意見が出てきたという、
「藁にもすがりたい気持ち」
という状態が作り出した幻想だったのだ。
一部の人間が、煽られて騒ぎ出すと、まわりも同調してしまう。集団意識というのは恐ろしいもので、騒ぎは次第に大きくなり、警察組織でもどうすることもできなくなり、奴隷制度は崩壊に瀕していた。
数年間、猛威を振るった伝染病も、次第に落ち着きを取り戻してくると、市民生活が元に戻っていく、そこで皆、我に返り、自分たちがしたことが何だったのかを、今さらながらに思い知らされた。
今まで、奴隷たちにしてもらっていたものをしてくれる人がいなくなり、当たり前のようにいた奴隷がいないということはどういうことなのか、平和になって、思い知らされた。
しかし、もう後の祭りだった。
「戻ってきてくれよ」
と言っても、葬ってしまった彼らに報いるのは、あとは低調に葬ってあげるしかないのかと思ったが、そこで考えたのが、残った魂に、命を吹き込むことだった。
真相はそうだったのだが、それを公表してしまうと、自分たちのやってきたことを認めなければいけない。
しかし、それはできないということで、彼らの大義名分は、
「年老いた身体を、若い肉体に生き返らせる」
というものだったのだ。
さすがに、この時は、今までの理屈が覆されて、こちらの世界のモラルに近づいたといえるだろう。
だが、奴隷たちの死を乗り越えられないでいる分には、あだまだであった。
だから、
「あちらの世界のサイボーグの身体を頂戴しよう:
などという、安直な発想にしかならないのだ。
強奪される方の気持ちを、これっぽっちも考えていない。抵抗されれば、自分たちの大義名分を使って、正当化することで、彼らは無敵になれると思っていた。
自分たちの前に立ちはだかる連中はすべてが悪だという妄想に取りつかれているようで、そこには、ひょっとすると、死んでいった奴隷たちの音量が、住み着いているのかも知れない。
やつらは、疑似空間を作り出し、空間都市を使って、自分たちの世界とこの世界を結んでいた。
同じ次元であるということは、彼らには分かっている。
すでに、かなり昔の過去から、パラレルワールドを創造していて、理屈もある程度理解していた。
その頃のこちらの世界は、まだまだ古代だったようだ。
彼らの先祖がかつても、こちらの世界に来て、交流があったようである。
こちらの世界の古代から語り継がれてきた、
「世界の七不思議」
宇宙人の存在でもなければ説明できないものは、このパラレルワールドから、こちらの世界に来ていた人の伝説なのかも知れない、
「日本最古の物語」
といわれる竹取物語は、ひょっとするとパラレルワールドの連中の先祖のお話なのかも知れない。
「竹から生まれ、最後は月に帰っていくという話」
それこそ、疑似空間を月だと思ったに違いない。
そんな疑似空間を作って、奴隷たちの復活を考えていた、あちらの世界の人間であるが、実は、少し事情が違うようだ。
向こうの世界では、確かに前述のように、奴隷たちがデマによって、ほぼ壊滅状態にされたのだが、元々、この奴隷たちというのは、頭のいい種族であり、このような迫害を受けることで、今度は真剣に、自分たちがこの世界の覇者になろうと考えるようになった。
残り少なくなった奴隷たちであったが、残った奴隷たちは、優秀な連中ばかりで、頭脳は明晰、行動力のあることで、あれよあれよという間に、彼らは自分たちの力をつけて行った。
サイボーグからアンドロイドの開発もでき、人数での弱さを、人造人間の開発によって埋めたのだ。
向こうの人間たちにとっては、まるで、
「フランケンシュタイン症候群」
に近い気持ちだっただろう。
自分たちが作ったサイボーグもしっかりと、奴隷たちに奪われて、力の差は完全に逆転し、今度は人間が奴隷扱いされる番だったのだ。
しかし、外面的には、奴隷たちは、
「自分たちが使われている」
という意識をまわりに植え付けた。
そうすることで、何かあった時の大義名分にできると思ったのだ。
その考えはちゃんと機能していて、こちらの人間も、そう信じて疑わなかった。
ただ、彼らの誤算は、こっちのサイボーグが疑似空間に耐えられないということだった。
こちらからの、
「強奪?」
あるいは、
「輸入?」
というべき、身体の伝送はあきらめることにしたのだった。
こうなると、彼らは、
「泣き落とし」
を考えた。
「あくまでも、自分たちの行ったのは、種族保存という目的によるもので、悪いことではあったが、仕方のないことだ」
として、実際に疑似空間から、サイボーグの肉体を持ち去らなかったという事実だけを頼りに、和平交渉に入った。
こちらの人間は、本当にバカというべきか、
「喉元過ぎれば熱さも忘れる」
という言葉を、そっくりそのままであったのだ、
和平交渉はうまくいき、お互いの世界を行き来することも可能になっていた。だが、こちらの世界から、向こうの世界への渡航は、限られた人間だけということになった。
「危険だ」
ということと、向こうの世界の、
「奴隷制度」
という考えに感銘できなかったからだ。
こちらも古代には存在した奴隷制。今さらそんなものを見せられて、ロクなことはないと思ったのだろう。
それは正解であり、この件に関して画、見せたくない向こうと、見たくないこちらの利害は完全に一致した。
作品名:無限と矛盾~知恵ある悪魔の創造~ 作家名:森本晃次