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早朝と孤独

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 そうなってしまうと、駅の方も困るわけで、そのあたりは運転手の臨機応変にやってもらえるように対応しているのだ。
 また、これはタクシー一台と客とのトラブルであるが、あれは、ちょうど、早朝の四時半くらいのことだったという。
 その人は夜勤で仕事が終わり、次の日が休みだったこともあって、
「今日くらいはタクシーで帰ってもいいかな?」
 と考えたようだ。
 その時、ちょうど、世の中が緊急事態宣言などという厄介なものが出ていたので、人も歩いていない。タクシーは少ないが走っているという状態だった。一日、売り上げが数千円なんていうのがざらだったに違いない。
 その時、大通りの反対車線を知り合いが歩いていて、向こうからUターンをして走ってくるタクシーがあったという。
 こっちは手を挙げたわけでも何でもないのに、わざわざ来てくれたということで、
「せっかくだから乗ってやろう」
 と思い、席に座り、行き先を告げたのだという。
 すると運転手は、
「そこまではいけません。降りてください」
 と言って、客を追い出したというのだ。
 腹が立って、文句を言ったが、相手は誤りもしない。こっちが悪いのかと思い、せっかくなので、ナンバーだけは控えておいたが、何かの時は文句を言ってやるつもりだったという。
 たぶんであるが、行き先が遠いことで、五時を回ってしまうというのだ。そうなると、残業になり、それが続くと、国からの指摘で、出社停止になってしまうというのだ。
 つまり、タクシーの昼と夜の交代時間は、午後五時だということなのだ。
 そのために、知り合いは、
「明らかに悪質な乗車拒否」
 をされたのだ。
「どんな理由があるにせよ。そんなのは、客に関係ない」
 というのが、最終的なことであるが、それまでにも突っ込みどころは満載なのだ。
 さて、もう一つ考えられることとして、
「その運転手は、誰かほかの予約客、たぶn日ごろの馴染客なのだろうが、その客との待ち合わせに間に合わない」
 と考えたのではないかということだ。
 要するに、自分を贔屓にしてくれる客と、通りすがりに過ぎない自分とを天秤にかけたというわけだ。
 ただ、それもタクシーの運転手なら考えどころであろうが、前述の、交代時間の問題というであるにしても、どちらも、分からなくもないが、それはあくまでも、
「客がタクシーを拾った場合」
 のことであれば、百歩譲ることもできるが、何と言っても、相手は、こちらを、
「狙い撃ち」
 してきたのである。
「会社に帰る前に、ちょっとした小遣い稼ぎ」
 あるいは、
「次の客の前の小遣い稼ぎ」
 とでも思ったのか、どうせ、
「遠くだと言えば、断ればいい」
 とでも思ったのだろう。
 客にタクシー会社の事情も分かるわけもない。腹は立つかも知れないが、これが乗車拒否だとは思わないだろうと思ったとすれば、実に軽率なことだろう。
 何と言っても、その運転手は、一度も、
「すみません」
 という一言もなかった。
 明らかに高圧な態度で、
「お前なんかに乗ってもらわなくたっていい」
 とでも言いたいのか。
 だとすれば、なぜ、自分を捕まえたというのか、
「どうせ、小遣い程度のものだから、会社に収めずに、俺のポケットに入れてしまおう」
 と思えば、分からなくもない。
 行き先を聞いて、
「しまった」
 と思ったのだろうが、あとは開き直りで何とかなるとでも思ったのか、その心境は分からないが、本当にタクシー協会に連絡してもよかったのではないかとは思ったのだった。
 以前に似たような時間に乗った運転手も、
「五時に交代なので、そこまで行くと、少し問題があるんですよ。じゃあ、最寄りの駅のロータリーまでいけば、そこにはタクシーが並んでいますので、そこまで無料で送迎いたしますので、そこで乗り換えていただけませんか?」
 と言われたことがあった。
 その時の運転手は、ちゃんと、謝罪をしたうえでの申し出であったので、こちらとしても、ただで送迎してくれるというのは、数回分のメーター分、安くなるわけだから、願ってもいないことだった。
 交渉は成立し、お互いに笑顔で、別れたことがあっただけに、今回のタクシーの露骨なやり方は、許せないほどだった。
 そんなタクシーもいるかと思えば、今度はそれから一年後くらいに、やはりタクシーに乗った時のことだった。
 路上でタクシーを物色していると、信号の向こうから、空車がこちらに向かってやってくるのが見えた。ちょうど赤信号で停車しているので、それの乗ろうと待っていた時のことだった。
 そこに右折してこちらの方に曲がってきた一台の空車タクシーがいた。
 早朝で真っ暗な時間帯だったので、車の屋根の上の明かりと、車内の、空車、賃走のランプで判断するしかなかったのだが、それは明らかに、
「空車」
 を示していた。
 しかも、左折してきて、ゆっくりと進行し、少し前で停車し、後部座席の扉が開いたのだ。
「こちらは手も挙げていないのに」
 と思って、おそるおそる近づくと、何と中から客が降りてくるではないか。
 信号が青に代わり、最初に目をつけていたタクシーに急いで手を挙げたおかげで、止まってくれて、事なきを得たのだが、危ないところであったのは、間違いないことだったのだ。
 タクシーに乗り込み、事情を運転手に話してみた。
 運転手も、こちらの様子を見ていて、
「お客さんが乗ってくれると確信していたんですよ」
 と言って、こちらを気にしていたようだ。
「そうすると、一台が曲がってきたでしょう? 上を見ると、空車のようだったので、こっちは、やられたと思ったんですよ。でもお客さんの様子をじっと気にしていたので、急いでこっちに向かって手を挙げているのを見て、事情をこちらも分かったというわけですね」
 というではないか。
「ええ、そうなんですよ。僕はあのタクシーに手を挙げたわけではない。きっとあなたが、自分を見てくれていると思ったから、こっちもおかしいなと思ったんです。何しろ扉があきましたからね。それで近寄ったら、降ろそうとしているじゃないですか、こっちもやられたと思いましたね。去年嫌なことがあったので、その記憶がよみがえってきて、もし、その人が客を降ろした後で、こちらを乗せようという魂胆だったのだとすれば、絶対に、そんな魂胆に乗る気はありませんからね」
 と言って、昨年の話をしたのだ。
「そうですよね。ちょっと悪質かな? とは私も思いました。明らかにあなたを狙っているというのが、信号待ちをしていて分かりましたからね」
 というので、
「そうでしょう? 少し手前で止まったのも、きっと中の客が見られるのを警戒してのことだったのではないかと思ったんです。その間に少し時間稼ぎをして、信号待ちをしているこちらのタクシーが行き過ぎて、こちらが、身動きが取れない状態にすれば、乗るしかないだろうとでも思ったんでしょうね。それを考えると、あまりにも露骨なやり方に、自分は、そのタクシーに乗る気はなかったですよ。次に通りかかるタクシーを待ってもいいと思うくらいだからですね」
 と言った。
作品名:早朝と孤独 作家名:森本晃次