早朝と孤独
もし、その少し前に、風俗デビューを果たしていなかったら、そんな言葉を言われて、有頂天になっていたに違いない。
彼女のことを元から好きだったわけではないが、彼女が自分に告白してくれた時、至福の思いであったことには違いない。そして、次に感じたのが、
「もっと前から知り合いだったような気がする」
という思いがあったからで、有頂天になっているわけではないのに、彼女のことが好きだったという意識があったということが、どこか違和感があるにも関わらず、そのことには間違いないという意識は持っていた。
その時、自分が、
「洗脳されているなどということは、絶対にない」
と思っていたのだが、それは、
「自分が有頂天にならなかった」
ということだけであった。
有頂天になっていれば、
「彼女に洗脳されているのかも知れない」
と思い、却って、冷静に見ることができたのだろうが、そうではないというだけで、却って中途半端になってしまったことで、彼女に対して、それほど執着を持っていなかった。
だからだろうか、彼女がいるのに、風俗通いをやめるという気にはならなかった。
「風俗に通うのは、あくまでも、性欲を発散させるという意味であり、彼女に対しての自分の思いは、性欲以外の満たされたい、あるいは、癒されたいという思いが強いからではないだろうか」
と感じた。
風俗に通うことで起こる、
「賢者モード」
は、彼女や奥さんに対してのものであって、最初に彼女ができる前に行った初体験の時にあった賢者モードは、
「初めてを、風俗で済ませてしまった」
ということへの罪悪感だと思っていた。
しかし、この時の賢者モードと、彼女ができてから、最初に行った時の賢者オードに、まったくと言って変わりがないほどだったことで、賢者モードというのが分からなくなった。
「賢者モードって、どんな時でも、自分のまわりに女性のあるなしに関係なく、風俗に行けば感じるものなのではないか」
と思っていたのに、三回目、つまりは、彼女ができてから二回目に行ったその時には、賢者モードに陥ることはなかった。
それどころか、それ以降、風俗に通っても、賢者モードになることはない。
彼女とも仲良くしているし、風俗の女の子とも、その時間、そのお部屋の中では、まったくの別世界として、本当の恋人のように仲良くしていた。
しかも、風俗の女の子と一緒にいる時も、彼女と一緒にいる時も、それぞれに、彼女であったり、風俗のお気に入りの子のことを思い出していたはずなのに、それは身体だけだった。だからと言って、性欲を思い起こしていたわけではなく、どちらかというと、癒し部分が思い出されたのだ。だから余計に、目の前の相手のことを強く思えるようになり、それが、
「賢者モードを作らないのではないか」
と思った。
「風俗で賢者モードに陥るのであれば、彼女と一緒にいる時だって、賢者モードに陥ってもいいのではないか?」
と感じたことが、癒しを求める無意識な感情に結びついてきたのだと感じた。
「どうして、賢者モードに陥るのか?」
ということを、少し考えてみた。
風俗にいる時だけ感じるということは、
「彼女に対して悪いと思っていること」
であり、それを彼女と一緒にいる時に思わないというのは、風俗で相手をしてもらっている女の子に対して、
「悪いと思っていない」
ということである。
普通に考えれば、
「お金でつながっている関係だから」
と感じるのだろうが、風俗で一緒にいる時の彼女にそんな感情は抱かない。
一緒にいて、
「幸せだ」
とまで感じる。
その気持ちにウソはなく、感情が自分の中でハッキリしてくるのも分かっているはずなのだ。
それなのに、お金というワードがどうして出てくるのかが分からない。相手だって、嫌で相手をしてくれているわけではないと思う。話をしていて楽しいし、下手に学校で社交辞令で話をしてくる人とは明らかに違っている。
「お互いに求めるものが一緒なのではないか?」
とも思うのだ。
ただ、一つ言えることは、こうやって風俗の彼女とのことを正当化しようとすればするほど、何か虚しくなってくる。この気持ちは間違いのないものだが、風俗の女の子の話として面白いことを言っていた。
「私のお客さんには、結構年配の方が多いみたいなんだけど、皆、私と一緒にいるだけで楽しいって言ってくれるのが嬉しくてね。中には、何もしなくて、お話しに来てくれるだけの人もいるくらいなの」
と言っていた。
「そうなんだ、俺にはよく分からないかな? だって、君が俺といない時間、他の男に抱かれているかと思うと、虫唾が走るくらいだからな」
というと、
「そう思ってくれるのは嬉しいわ。でも、これが私の仕事だっていうのもあるのよ。だから、あなたを見ていると、私なりに分かることも結構あるのよ」
という。
「俺が分かりやすいってことなのかい?」
と聞くと、
「そうなのかも知れないわね。でも、私はあなただから分かるような気がするの。というか、あなたがそばにいる時にあなたのことを考えるからなのよ」
と言ってくれた。
「でも、それは分かりやすいからだというのとは違うということではないよね?」
と聞くと、
「ええ、その通りよ。でも、私があなたを見つめているということは間違いのないことなの。そうやって見ていると、ところどころの節目に分かってくるのよ。たとえば、あなたの素振りの中から、この人には私との時間以外に、他に彼女がいる人なんだわとか、私との絶頂が終わった時、陥る賢者モードは、きっと彼女に向けられたものなんじゃないかってね。でも、誤解しないでね。私は本当だったら、こんなことを言ってはいけない立場だと思うの。お客さんであるあなたを傷つけるようなことをしてはいけないと思うし、そんなことをして、せっかくのお客さんを失うようなことはしちゃいけないわよね。でも、あなたが相手だと、あなたの気持ちが真っすぐに私に向かってこなくなったら、それはそれで終わりだと思っているのね。だからあなたとは真剣にお話をさせてもらいたいのだし、そうしないと、私は私ではいられない気がするの。あなたはきっと私のことを、私が私として自分を見ているのと同じ方向から見てくれていると思うの。だからあなたにウソを言ったり、欺いたりするというのは、そのまま、自分が自分にしていることのように思うの。だから、あなたとは私も正面から向き合うのは礼儀だと思うし、そうしないと、自分にウソをつくことになるって感じているのよ」
というのだった。
「この人とは、学校とかで出会いたかったな」
と思ったが、すぐに打ち消した。
「風俗嬢と客という関係だから、出会えたのかも知れない」
と感じたからで、これだって、自然な出会いであることに間違いないと思うのだった。
孤独と諦め
その時、付き合っていた女性というのは、新垣あかりだった。
彼女と付き合い始めたのは、何がきっかけだったのか、ハッキリと覚えていないほど、曖昧だったような気がする。