架空小説の一期一会
ということでの引っ越しになったのだ。
家族のことはあまり好きではなかったが、
「違う土地にいけば、環境が変わっていいかも知れない」
と子供心に思った。
だが、それは甘かった。逆に都会人へのへりくだった感情と、自分が田舎育ちだから、バカにされているという被害妄想から、母親は意固地な性格になっていったのだ。
それでも、最初の意固地さは、その土地に慣れていなかったことから来たもので、よほどのことがない限り、慣れるだけであれば、誰にでもできそうだ思っていただけに、慣れてきた母親を見ても、
「当然のことなんだ」
としか思っていなかったのだ。
ただ、慣れたというだけで、溶け込んでいるようには見えなかった。表面上は、馴染めているように見えるが、自分の母親の性格くらいは分かるというもので、その時の母親の表情が、
「まるで苦虫を噛み潰したような表情」
だったのだ。
今の会社で苦虫を噛み潰したような表情をしたように感じたが、その時の自分と、以前の母親の顔から見て取れる感じは、同じものだといってもいいだろう。だが、片方が自分の目で見たものだが、もう一つは、自分の表情なので、その共通性が本当に分かるのだろうか。
大阪の小学校に転入した時は、結構苛められたような気がする。
「田舎者」
というレッテルを貼られていたような気がする、
その時のことを思い出してみると、
「俺は思ったよりも閉鎖的なところに来たって、感じたのだろうか?」
その時の気持ちを覚えているので、自分が都会から来た人間で、向こうが田舎の人間なのだから、前とは逆である。あの時はバカにされたが、今度は、おっぴらにバカにはしないが、閉鎖的な考えをすることで、
「都会者に、わしら田舎の人間のことが分かるわきゃあるまい」
とでも言わんばかりである。
都会と田舎のどちらに優位性があるかというのは、この場合は、その人たちの立場ではなく、その場所が問題なのだ。田舎者だろうが、都会者だろうが、田舎にいれば、都会者が、よそ者、逆であれば、田舎者がよそ者というわけだ。
それを、
「田舎者はバカにされて当然」
とばかりに、子供の頃の余計な記憶が邪魔をして、まさか、田舎者が都会の人間に対して優位性を持つなどとは思ってもいなかった。
だから最初に興味津々だったのも、まるで、戦争終了後、占領軍に対しての、子供たちが、
「ギブミーチョコレート」
と言っているのと同じ感覚だったのだ。
少し話は変わるが、なかなかモテない男がいて、その男がずっと童貞だということを危惧した先輩がいた。モテない男は女の子にモテないだけで、男性からは、不思議と慕われた。だから、先輩も彼には相談することもあったが、こと女性のこととなると完全に立場が逆転する、
「俺が、童貞を卒業させてやる」
と言って、風俗に連れて行ってくれた。
よくある、
「筆おろし」
というやつだ。
その男は、無事に筆おろしを済ませたが、その嬢のことを好きになってしまったようで、それから、あまり火を置かずに、彼女の元に通い続けた。
嬢の方は、まさかそこまでこの男性が思っているとは知らなかったので、上客だと思い、そのつもりで、愛嬌よく、奉仕の心で接客をした。
すると、さらに男は勘違いをする。そして、告白までしてしまったのだ。
「何言ってるの? 私はここで、あなたのお相手をしているだけなのよ」
というと、
「いや、いいんだ。君が僕のことを好きだということは分かっている」
と、完全に勘違いをしていると感じた彼女は困ってしまった。
「あのね。もしあなたがね、私以外の他の子に入ったら、ちょっと悔しいと思うわよ。でも、それは嫉妬ではなくって、客を取られたという仕事上の悔しさでしかないのよ。あなたは私が悔しがったら、嫉妬だと思うでしょうね。いい? これは恋愛じゃないのよ。疑似恋愛なの。そこには、お金というものが絡んでいて、一種の契約でしかないの。そんな割り切って仕事をしている私を、あなたは好きになれるというの?」
と聞かれて、
「ああ、僕は君が好きなんだ。君はどうして、自分の気持ちに気づかないのだろう?」
と、完全に勘違いと、さらに、上から目線であることに、まったく気づいていないことが、彼女には悲しかった。
相手が、この男だからというわけではない。上から目線で見られるのが、自分たちは一番いやだと思っているのだ。
彼女たちは、癒しを与えている、そして、それを喜んでくれることが、一番の喜びなんだと思っているのだ。
「私はね、あなたが、もし他の女の子に入ったからと言って、嫉妬するということは絶対にない。それは、今のあなたと同じだからね。嫉妬というのは、お互いに立場が同じだからできるものなのよ。夫婦だって、結婚してしまえば、それぞれの役割分担が違うというだけで、立場に差はないと思っているのよ。だから、恋愛期間中のカップルだってそう。そういう意味で、私は本気で嫉妬できる相手がほしいって思うようになったのよ。だって、嫉妬なんて、自分の弱い部分を相手に見せるわけでしょう? それでもいいと思っているんだから、同じ立場でないと、成立しないのよ。だから、少なくとも、ここのように、お姉が絡む関係というのは、絶対にお互い、同じ立場になるということはありえないと思うの」
と、彼女が言った。
男はここまで言われると、さすがに考え込んだ。本当はもっと何か言いたいはずなのに、何も頭に言葉が浮かんでこない。ここまでハッキリと言われてしまい、それに反論できない自分が情けなかった。ある意味、嫉妬に近いのかも知れない。彼女が自分の目に見えない誰かを好きでいて、そのことに嫉妬していると、思い込みたいのだ。
相手に嫉妬して、それが適わずに別れることになったとでも思わないと、自分が納得いく状態に持っていけないということなのだ。
だから、解決させるために、自分の分身を作り出し、そのもう一人の自分に、苦しんでいる自分を客観的に見させ、自分の気持ちの本質をえぐってもらおうと考えた。
ただ、これは結構難しいことではないだろうか。自分なんだから、自分を少しでも格好よく見せようとするものだろう。
それを考えると、それを見ているもうひとりの自分がいて、二人の状況を冷静に書記することで、議事をとりながら、自分の意見を勝手に書き足すくらいのことはできるような気がした。
「でも、他のお客さんは、皆どんな気持ちなんだろうか? 風俗に行く人って、少なからず、寂しさが根底にある人で、女の子に癒してもらいたいと思う人が通うものだとするならば、自分と一緒にいない時間を他の男性と同じようなことをしていると思うと、はらわたが煮えくり返りそうに思わないのかな?」
というが、
「そんな状況を想像できるかい?」
と聞かれて、
「いいや」
と答えるだろう。