架空小説の一期一会
入った会社は、最初の半年は研修期間で、一年経てば、他の営業所との絡みで、
「転勤があるかも知れない」
ということは言われていたので、さほど驚かなかったが、予想通りというか、意識していてよかったというか、会社から、さっそく転勤命令が出たのだった。
最初の赴任地も田舎で、移る先も田舎だったのだ。
元々、大学があったところは都会だったので、会社の本社があるところは地方では都会でも、大学があったところから比べれば田舎だった。それでも、まだ本社勤務であれば、まだマシだったのだろうが、そこからさらに営業所ともなると、相当な田舎に行かされることになる。
完全なカルチャーショックだった。休みの日でも、どこかに出かけようという気にもならず、ただ、部屋でテレビでも見ている程度だった。
「研修が終わったら、本社勤務にでもならないかな?」
と思ったが、本社から呼ばれることもなかった。
一年が経って、今度は別の営業所への転勤。ただ、さすがに一年も田舎暮らしをしていると、嫌でも田舎暮らしに慣れてきた。慣れてくるのがいいことなのか分からなかったが、何となく寂しい気はしたのだ。
まわりが、かなり自分に興味津々なのが分かった。こちらは、元都会の人間だという自負のようなものがあるから、興味津々の目で見られるのは嫌ではなかった。
特に、倉庫のパートの人などが、興味を持っているようだった。
倉庫のパートの人というのは、主婦の人がほとんどで、中には、
「うちの息子と同い年」
と言って、話しかけてくれた人もいたくらいだ。
若い人はほとんどおらず、若くても三十代後半くらいの人たちなので、パートさんの中で、グループができているようだった。
そんなパートさんたちの中に、一人、本当に真面目な人がいて、
「皆、気軽に話しかけてくれているけど、気を付けた方がいいわよ」
と、何やら忠告してくれた。
「どういうことですか?」
と聞くと、
「皆、気さくに声をかけてくれて、あなたに興味津々なんだろうけど、それを真に受けすぎると、言わなくてもいいようなことを口走ってしまったり、田舎者だから、何も知らないだろうと思ってタカをくくっていると、意外と寝首を掻かれることになるかも知れないわ。気を付けた方がいいわよ」
というのだった。
それを聞いて、一瞬、ハッと我に返った。
確かに、田舎者だと思って舐めているところがあるような気がしているし、相手を信じ込んでしまって、何でも感でも話してしまいそうな気にもなっていた。
相手が計算高いところなどない、素朴で純粋な田舎の人だなどと思っていると、痛い目に遭うといいたいのだろう。
しかし。そんなことを言ってもいいのだろうか? 同じパート仲間を裏切るような行為ではないか。
ひょっとすると、この人は同じパート仲間の中にはいるが、その中で、少し異端児的な存在なのかも知れない。
そういえば、いつも一人でいるというイメージがある。それだけでなく、他の人たちとは、どこか違っている。垢ぬけて見えるといっていいかも知れない。
その人の出身地を聞いてみると、どうやら、首都圏にいたようだ。大学時代に知り合った男性の故郷がこの街で、結婚して、お嫁に来たということである。ちなみに、今いる他のいつもつるんでいる四人のパートさんは、皆、この街の出身だというのだ。
それを聞いて、大体のことが分かった。
まわりは皆この街の出身、その中に一人だけ都会出身者がいる。
その人も、今の自分と同じように、最初は都会出身者だということで、ちやほやされたのかも知れない。ただ、どこかで飽きがきたのだろう。次第に自分たちだけでつるむようになったのだろう、そうなってしまうと、はしごを掛けられた上ったはいいが、その梯子を外されてしまったかのようになっているに違いない。
「この人は、僕にそのことを教えようとしてくれているのだろうか? あまり相手の親切や好奇の目をいい方にばかり取りすぎてしまうと、ろくなことはない」
と言いたいのではないだろうか。
そう考えると、確かにその頃になると、まわりの人たちが話しかけてくれることも少なくなったし、挨拶の時の声のトーンが、あからさまと思えるほどに、低い声になっている。
「僕にも分かっていましたよ」
と言いたいところであるが、それを言ってしまうと、今のところ力になってくれそうな人を敵に回すかのようで、それは避けなければならなかった。
だが、似たような感覚は、最初に赴任した営業所でも感じたことだった。ただ、ここほど閉鎖的なことはなく、露骨な感じも前の営業所のようがあったので、一見騙されそうな気がするのだが、飽きが来た時の、変わり身のひどさは、結構なものだった。
それは、食べ物に関して、
「飽きが来るまで続けるが、飽きてしまうと見るのも嫌だ」
というあの感覚と同じなのではないだろうか?
一期一会とは?
ちょうど、その街に転勤でやってきてから、数か月が過ぎようとしていた。大体の道や得意先への生き方など、配送助手としてトラックに便乗していれば、だいぶ覚えてきた。
最初は配送から、徐々に営業の仕事を覚え、何度も訪問するうちに、相手の担当に覚えてもらうというのが、当初の目的だった。ここ数か月で、何とか道を覚え、相手の担当者と、日常会話くらいができるところまでにはなっていた。
さすがに営業トークまではいかない。ここから先が難しいところであった。
そんな時、パートのおばさんたちの態度に何か露骨さが感じられると、取引先の営業にも、何かあざとさが感じれるのだった。
「何か嫌だな」
と思うと、自分が、まるで苦虫を噛み潰しているかのような表情になっているのではないかと思うのだった。
毎日を一生懸命に生きていると思っていると、営業の人のあざとさが、実に嫌なものに感じられる。
「自分もいずれは、そんな顔をしないといけないような人間になってしまうのだろうか?」
と考えると、
「こんな田舎でも、あざとさが見え隠れしているなんて、都会だったら、たまったものじゃないな。今では死後になった言葉だけど、昭和の時代には、コンクリートジャングルなんて言葉があったって聞いたけど、本当に、ジャングルにいるような感じなんだと思っていたっけ」
と感じたことを思い出した。
しかし、ここは田舎、もしジャングルがあるのだとすれば、それはコンクリートなどというものではなく、正真正銘の密林によるジャングルなのではないかと感じるのだ。
自分は、小学生の頃まで、この会社の本社がある都市の、ベッドタウンに住んでいた。子供の頃は、それでも、都会だと思っていたのだが、東京や大阪などの大都会に比べれば、まだまだ田舎である。
小学三年生になって、父親が転勤で大阪に転勤になった。最初は、
「単身赴任を」
と思っていたようだが、問題は一緒に住んでいた祖母が、
「この土地を離れたくない」
ということからだったのだが、その祖母を、義兄夫婦が、
「私たちが同居しましょう」
ということで、隣の市からの引っ越しだったので、問題は一気に解決した。
「じゃあ、私たちは家族で大阪に引っ越しますね」