予知能力としての螺旋階段
「パラレルワールドというのは、同一次元で、似通った世界が別に存在しているのではないかという説なのよ。だから、あくまでも、異次元の世界というような発想からくるものではなく、目の前に見えているものが、偽物なのかも知れないという考えを持っている人も少なくないと思うの。でも、これって、化学的に考えれば辻褄合わせにはもってこいの話で、いわゆるタイムパラドックスというものの解決案であるという考えがあるのよ。誰が言い出したのか分からないんだけど、無限にある可能性の一つを手繰って歴史が作られていくのであれば、過去に戻ってその原点を変えれば、同じ時間軸にしか進めないから矛盾が起こるわけでしょう? だったら、別の世界が同じ宇宙に存在していると考えれば、どんな時間軸でも、これからの歴史に影響は与えないということになるのではないかということでね。その考えがすべてではないけど、理屈を考えるのであれば、辻褄があっているような気がするんだ」
と、ちひろは言った。
「うーん、難しいことはあまりよく分からないけど、私が勘違いをしていたということは分かったきがするわ」
というのを聞いて、
――この子は、私とは、難しいの基準が違っているのかも知れないわね。いや、これは私がおかしいのか?
とも考えてみたが、二人だけでしか話をしていないので、その結論はよく分からなかった。しかし、そもそも、難しいことという定義に良し悪しがあると考える方がおかしいのであって、考え方にいろいろあるのは当たり前のことで、それをちひろがどうのこうのいえるものではないだろう。
ただ、ちひろ同様に、文学部に所属しながら、理学系のことにも興味津々の人がいるということを知れたことで、かえでという女性の存在を頼もしく感じられるのだから、ちひろの感覚も曖昧なものだった。
「時々、かえでと話をしていると、調子が狂ってしまうことがあるよ」
というと、
「そうかな? 至って私は普通だけど?」
と言って、とぼけているのかどうなのか、キョトンとした様子で、かえでは答える。
そんな様子を見るのが好きなちひろは、いつの間にか自分が、
「かえで信者」
になっているように思えた。
ちひろという女の子は、自分に合わないと思うと、簡単に捨てるタイプだ。それも、後からだと気まずくなるということで、最初に感じたその時に、スッパリと捨てようとするのだった。
だが、ちひろは、かえでにそんな感覚を抱かなかった。調子は狂わされることにはなるが、それはあくまでも愛嬌の範囲であって、その証拠に、学校で会っても、最初に声をかけるのは、ちひろの方だというくらいに、かえでに対して前のめりだったのだ。
しかも、最初からちひろは、かえでに対して敬語を使わずに、ため口だった。こんなことはそれまでのちひろにはなかったことだ。
それは相手に敬意を表しているからではなく、海のものとも山のものとも分からない相手に対しては、最初は敬語で接するというのは、マナーだと思っていたのに、そうではないということは、それだけ、かえでのペースに引き込まれたのだろうが、そう感じるのはプライドの高いちひろにとってはあまり喜ばしいことではないので、
「私が、敢えてかえでのペースに合わせているのだ」
と、少し苦しい言い訳のような考えを持つのだった。
そんな二人が、大学で同じ学部だとはいえ、専攻が違っているので、一般教養の間は同じ科目の講義もあったのだが、専門分野が入ってくると、なかなかそうもいかなくなる。大学にいる時間も合わなくなってきて、すれ違いということにもなるのだった。
そのうちに、かえでに彼氏ができたという。ちひろは、何となく気づいていたが、かえでが隠そうとしていたので、敢えて自分から触れるようなことはしなかった。
「まあ、天真爛漫なかえでなんだから、彼氏くらいはすぐにできても不思議はないわよね」
と思っていたが、ちひろとしては、
「だけど、彼女の感性についてこれる男性っているのだろうか?」
と思うことで、実際にうまく付き合っていくことは難しいのではないかと思うのだった。
だが、かえでにできた彼氏というのは、理学部の学生で、かえでが図書館で見ようとした本を、彼女が背が低いことで取りにくそうにしていたのを取ってあげたことで仲良くなったらしいのだが、彼からすれば、かえでが読もうとしていた本は、自分も読もうとして最初から狙っていた本であり、それをまさか、女子に、しかも、文学部の女の子が読むなどということは、彼の中では容易に理解できることではなかったようだ。
その第一印象があまりにも強く、彼も、いつの間にか、
「かえで信者」
になったようだ。
かえでの方もまんざらでもないようで、
「彼が本を取ってくれたのって、運命の出会いのようなものだったのかも知れないわ」
と、彼とすれば、敬意を表していて、かえでの方では、運命を感じているという、感覚的には違う目線からであるが、それでも引き合っているのだから、カップルとしては、
「いいカップルだ」
と言ってもいいだろう。
そんな彼であったが、かえでと仲が良かったのは最初だけだった。
彼は確かに優しいし、いい男ではあったのだが、浮気性なところがあった。いや、いいかを変えれば、誰でも好きになってしまうというタイプで、なかなか一人に決めることができないタイプだった。
だから、かえでとすれば、自分の彼氏を他の女の子にも見せびらかしたいというところがあったので、付き合っているということを、結構オープンにしてきた。
かえでと付き合いのある女の子からすれば、
「またか」
ということで、
「しょうがないな」
と言って、やれやれと、頭を掻いていた程度だったのだが、だから、彼としても、そんなかえでだったら、うまくいくとでも思ったのか、彼女のまわりにいる女の子たちに目が移るようになってきた。
元々は、かえでの彼女だという意識をまわりも持っていることで、警戒しているはずである。
「友達の彼氏を取った」
などということが知られれば、まわりから自分が何と思われるか分かったものではない。
それに、かえでがどこまで嫉妬深い女性なのかということを今の天真爛漫な彼女からは想像ができなかったからだ。
下手をすると、執着型の嫉妬深さだったら、執念深く、恨みに思われ、下手をすると、誹謗中傷をまわりに言いふらされ、今まで築き上げた地位まで失ってしまいかねないと思うと、さすがに、かえでの彼とどうにかなるなどということは避けなければならないと思っていることだろう。
大学時代の友達というのは、結構軽い付き合いをしているが、
「大学時代にできた友達は、結構、ずっと付き合っていける友達だったりするから、意外と大切にした方がいいと思うよ」
と言われたことがあった。
中学、高校時代というと、どうしても、受験というものが、目の前に迫っていて、高校生活の半分以上は、受験を意識しないといけないだろう。そうなると、早くから仲良くなっても、次第にそれぞれの立場などから、距離が空いてしまう。
作品名:予知能力としての螺旋階段 作家名:森本晃次