予知能力としての螺旋階段
と、彼女には何がいいのか分からずに、ただ納得するしかなかった。
だが、その時からだった。彼女が来る少し前に、別の女性がやってきて、何かを届けて、すぐに帰っていくのだ。それが、彼女にそっくりな人間なのだ。
だから、彼女が何かの嫌がらせでそんなことをしていると思っているようだ。まったく見分けのつかない相手がやってきて、すぐに帰ると、その五分後くらいにまた同じ人間が訪れる。しかも、前に訪れた時と、同じシチュエーションだという。
彼がそう思って疑わないのは、来ている服が同じで、同じものを持ってくるからだという。
たった五分で、似た人間が彼女と同じものを持ってくるとしても、服や持ってくるものを前もって用意するなどということはまず無理だろう。
超能力者でもない限り、そんなことをできるはずもない。もしできたとして、顔を似せることはどうすればできるのか、できたとして、何のためにそんなことをするというのか?
そんなことを考えると、彼は自分が嫌がらせをされているとしか思えないに違いない。
ただ、彼としても、なぜ急にそんな嫌がらせをされなえればいけないのか分からない。ただ、考え方を消去法で一番妥当だと思えることにしてしまうと、その結論に至るのは、彼でなくても皆同じことなのだろう。
そう思うと、もっと、彼女を怪しんでしかるべきなのに、必要以上なことを言わなくなった。今までもそうだったが、冷静沈着な様子は変わらない。だから、何を考えているのか分からないのだ。
ただ、今の時点では、立場的に彼の方が強いのは分かり切っていることであって、それについて、彼女も何も言えなかった。
口で対抗しようとしても、適わないのは分かっていた。なぜなら。彼にはこちらが押しても、柔軟なバネのようなものがあり、力を吸収できるようだったのだ。それを思うと、下手に圧しても、跳ね返されるのが分かるので、怒りをぶつけることもできない。彼の言っていることを信じて、その状況を判断するしかなかった。
そして、彼を見ていると、もうひとりの自分というのが、どんな人間なのかということが分かった気がした。
必要以上のことはしゃべらず。彼のようなタイプなのではないかと思った。
「私が彼のようなタイプになれないことを分かって、もし彼のようなタイプの自分がこの世に存在したら、どうなるんだろう?」
と考えたことがあったのを、彼女は思い出したようだった。
それを考えたのがいつだったのか、ハッキリとは覚えていないが、そのことを考えたとハッキリ意識したことがあったことは自分でも分かっていたのだ。
そのことが結局、お互いに不信感を抱かせることになったのだが、お互いに別れを切り出すようなことはなかった。
彼女としても、
「絶対にこの人でないとダメだ」
と思っているわけではない。
むしろ、
「タイミングがあえば、その気持ちに逆らわず、一気に別れることだってできるんだ」
と思えるほどであった。
だが、今別れるというのは中途半端な気がする。何よりも。もう一人の自分の存在をいかに考えるかということである。
彼が見たという人は本当に自分なのか? もしそうだとすれば、ホラーのように、生霊のようなものだったらどうなのだろう?
しかも、必ず五分前に現れるという、そして、すぐに帰るので、彼女が帰ってから五分で、自分が行くことになるというのだ。
彼女がダラダラしていれば、後からくる自分と鉢合わせになるかも知れない。それだけはあってはいけないことだと思っている。
彼女は、これを、
「一種のタイムパラドックスのようなものだ」
と思って、自分なりにいろいろ調べてみたりしたのだ。
タイムパラドックスの観点からいうと、もう一人の自分は、やはり、自分なのだと思う。そして、前述のような、パラレルワールドが、
「タイムパラドックスの解決法」
であるかのような解釈をしたのだと書かれていた。
そういわれると、納得もできる。
しかし、そもそも、どの時代から来たのだというのか? 同じ次元の別の世界ではすでにタイムマシンが作られていて。そのタイムマシンは、もう一つの世界の自分を見ることができるものだとすれば、
「なぜその人が、こちらの自分に分かるように、あざといことをするのだろう?」
と考えた。
考えられることはいくつか浮かんできたが、一番信憑性のあることは、
「何かの危機を知らせようとしているのではないか?」
ということであった。
それが、自分だけのことなのか、それとも、この世界、あるいは向こうの世界のことなのかという大げさなものなのかで、大きく変わってくるのだ。
しかも、よくある話として、別の世界の存在を知ったとしても、それを向こうの世界の人間に知られてはいけないという掟があったとすれば、それを破ってまでこちらに意識させるのだから、もし、自分だけのことだとしても、簡単なことではないだろう。
ただ、世界全体のことであるとすれば、彼女だけが行動を起こすというのも、何か違う気がするので、きっと、自分だけのことで、何か問題が起こり、それを伝えにきたのかも知れない。
「ひょっとすると、今付き合っている男と一緒にいてはいけないということを暗示しているのかしら?」
とも、思ったが、その考えはある意味、説得力があるような気がした。
そこで、彼の性格を顧みることにしたが、そもそも、自分が彼を気に入った理由も、純粋なものではなかった。
今までの恋愛経験から、
「消去法のような感覚」
で選んだのが彼だったのだ。
それだけ、前に付き合っていた彼が粘着退室で、酷い目にあったという意識があったからだったが。それを差し引いたとしても、今の彼は、かなりの変わり者であった。
何しろ選択方法が消去法によるものなのだから、それも仕方のないことのように思えた。
「世の中には、自分と似た人間が三人いる」
という話を聞いたことがあった。
この話は結構有名なのだが、もう一つ、似たような考えで、
「ドッペルゲンガー」
というものがある。
主人公は、その言葉を聞いたことはあったが、詳しくは知らなかった。もっともこれは小説を読んでいるちひろにもよく分かっていなかったので、ちひろは、自分で調べてみたのだが、主人公も好奇心が旺盛な女性だったので、自分でも調べてみたようだ。
それを見ると、どうやら、ドッペルゲンガーというのは、三人はいると言われる、
「似た人間」
ではないということだった。
あくまでも本人であり、
「自分自身の姿を自分で見るという幻覚の一つだ」
と定義されているようだ。
しかも、悪いことに、そのドッペルゲンガーを見ると、近いうちに死ぬという伝説があるようで、この話は、一種の生霊という考えに近いとも言われている。
これこそが、パラレルワールドに近いものだといえるのではないだろうか?
「別世界でありながら、別世界ではない」
という観点を、パラレルワールドは示してくれている。
作品名:予知能力としての螺旋階段 作家名:森本晃次