予知能力としての螺旋階段
「ええ、いいの。今まで、彼氏がいる人ばかりに相談していて、そのせいで、偏った話しか聞くことができなかったのね。皆それぞれ違っている意見に見えるんだけど、結局は同じことを言っているだけなの。それを思うと、私は、いつも本当にそっちに引っ張られていいのか分からずに不安になってしまうのよ。だから、彼氏がいないのではないかと思えた、吉岡さんに相談したいと思って」
というではないか。
今までは自分のような、これと言って、とりえのない人間に、話しかけてくれるのはおろか、まさか相談してくれるような人が現れるなど、想像もしていなかった。
それに、正直に、
「男性とお付き合いしたことはない」
と言って、引かれてしまうことを覚悟で話をしようとしたのに、それを分かってくれているということを聞いて、気が楽になった。
かえでは、自分の意見を忖度なしに答えた。相手だって、経験者からの意見ではないことを分かっているだけに、第三者的な目で見ていることが分かると、最後には、
「ありがとう。目からうろこが落ちた気分だわ。今の助言を参考に、もう一度考えてみるわね」
と言って、その日は、別れた。
一か月後くらいに、彼女が話しかけてくれた。かえでは、彼女が、
「どうなったんだろう?」
という意識を持っていたが、
「こちらから話しかけるのも、何かが違う」
と思っていたので、何も聞けなかった。
だが、彼女の方から話しかけてくれて、
「あの時、乗ってくれた相談だったんだけど、あなたの言ってくれたことを参考に、私も少し強めに彼に指摘したみたのね。そうすると、急に逆切れしてきたので、それを見ると、なんだか冷めちゃったわ。どうも、私のことを支配したいという気持ちの持ち主だったようで、私だったら、何とかなるとでも思っていたようね。かえでさんがそのことを指摘してくれたおかげで私も我に返ることができて、大胆になれた気がしたわ。本当にありがとう」
と言ってくれた。
それを聞いて少し複雑な気持ちになっていると、さらに、彼女は続けた。
「かえでさんは、自分で思っているよりも、もっと開放的な性格だと私は思うのよ。だから積極的に人とかかわってみるのもいいかも知れないわ。私でよかったら、お友達になりたいんだけど、いいかしら? 一緒にいろいろ成長していきたいって思うのよ」
と言ってくれるではないか。
かえでは、まず自分のことを、
「かえでさん」
と呼んでくれることに感動した。
そして、その頃から次第にかえでは天真爛漫になって行ったのだが、時々、自分だけが浮いていることに気づいていた。しかし、それでも、その性格を変えるようなことはしなかった。なぜなら、前の性格に戻すことへの恐怖心があり、
「もし今、前の性格に戻してしまうと、もう二度と天真爛漫で明るい性格になることができなくなるような気がするのよね」
と思うのだった。
そんなかえでに対して、ちひろは、自分の性格である冷静さをあからさまにするようになった。
どうして、ちひろがそうなってしまったのか分からなかったが、ちひろが、
「自分であからさまにしたいのであれば、それも仕方がない」
と思うようになった。
ただ、そんなちひろの態度は、
「私が悪いんだ」
と、考えるようになっていた。
かえでは、たまに、
「何でも自分が悪いんだ」
というネガティブな考えに走ってしまうことがあった。
だからこそ、まわりの人に自分が天真爛漫な性格だということを示そうとしているに違いない。
そのことを、ちひろは分かっていて、それを自分に悟らせるつもりで、あからさまな冷静さを装っているのではないかと感じたのだ。
そんな相手に、こちらが意固地になったところで仕方がない。張り合うくらいなら、もっと自分の気持ちを相手にぶつけるくらいでないとダメな気がしたからだ。
そんなことを考えていると、かえでには、時々相手の気持ちが、急に分かる時があるのを感じた。
知りたいことも知りたくもないことを言われる感覚は、嬉しいものでは決してない。むしろ知りたくもないことを知らされるのは嫌だった。
「知らぬが仏」
というのは、まさにそのことで、もし、自分に予知能力のようなものが備わることになったとすれば、
「そんなものはいらない」
と、返上したくなる気持ちになることだろう。
しかし、人間というのは、おかしなものというか、厄介なもので、いらないと思っていることほど、知らされてしまうことの方が多いようだ。
「皮肉という言葉、こんな時に使うんだろうな」
と、思うのだった。
天真爛漫な性格だということは、もう大体まわりの人には周知されるようになってきたようだ。
ちひろ以外にもたくさん友達はできたが、ちひろだけは特別だった。だが、そのことを表に出すと、他の人が変な気を遣うし、ちひろ自体のプレッシャーになると思うので、敢えて、友達は皆同じようなものだというような対応をしていた。
それが、どうも、ちひろの自尊心をくすぐっているかのように思えた。
かえでが考えているちひろのイメージは、
「自尊心が強くて、独り占めしたい性格なのではないか?」
と考えるところであった。
本来なら、褒められた性格ではないのだが、その本人の中にある嫉妬の対象が、自分であると考えているかえでは、敢えて、ちひろに自尊心をくすぐらせて、自分を意識させようという態度に出ているのであった。
あざといと言えばそうなのだが、それをmかえでの方では、
「天真爛漫だ」
と捉えているというのは、かえでによってはいいことなのかも知れない。
しかし、これはまるで薄氷を踏むようなもので、ちひろが、自分のことを、少しでも疑うようなことがあったら、すぐに氷は割れてしまって、一瞬にして、氷面から消えてしまうのではないかと思われた。
しかも、それまでの天真爛漫さから、軽いイメージがあったため、その存在すら忘れられてしまうのではないかという思いである。
もし、一緒にどこかに出かけて、かえでだけが行方不明になったとしても、
「最初から、かえでなんていなかったんだ」
と言って、探そうともしないのではないかと思うと、これ以上の恐ろしさは感じられないと思うのだった。
そんなことを考えていたかえでだったが、ちひろと、超科学な話をしている時だけは、いきいきしていた。それはちひろも同じことで、
「二人の間に共通の話題がある分、絆は強いのかも知れない」
と思う反面、
「その共通の思いがなくなると、一緒にいる意義を感じられなくなり、お互いに意識していたことがウソのように、簡単に離れていくのではないか?」
と、かえでは考えるようになっていた。
伝説やおとぎ話の真相
そんなふたりを表から見ていると、結構面倒臭く見えてくるものなのかも知れない。
特に、ちひろの側を見ている人にとっては、かえでが何を考えているのか、分からないということを思う人はいたかも知れない。これまでちひろの友達で、ちひろからかえでを紹介された人は、心の中で、
「どうしてちひろのような女の子の友達に、かえでのような子がいるんだろう?」
というものだった。
作品名:予知能力としての螺旋階段 作家名:森本晃次