都市伝説の自費出版
六花は、いきなり、何を思うのか、まったく違った発想からのたとえ話を始めることがある。ひまりは野球が嫌いではないので、たとえ話も分かる気がした。
六花が続ける。
「その時に、キャッチャーは、前に打たれたのと違う球を要求したのよね。でも、自分が得意な球は前に打たれた球なの。そこで、タイムをかけて、二人は話し合うのね。でも、最後にはピッチャーが投げたい球を投げさせることに決めたの。それは、中途半端な気持ちで、得意でもない球を投げて打たれたら。ショックは倍でしょう? キャッチャーはそのあたりの気持ちを察したのね。でも、カッチャーも分かっていると思うわ。それは投げたい球を投げて、それで打たれれば、ピッチャー抗体だってね。要するに、どっちが抑える確率が高いかということを考えると、ピッチャーもキャッチャーも結局は答えは一緒だってことなのよね」
というではないか。
つまり、
「後でどうせ後悔するなら、好きなようにして後悔したい」
というのも、ピッチャーのわがままだけど、わがままを通して、ダメな時は潔く交代するというくらいの覚悟がないとだめだということである。
六花は、本当に時々思いつきでたとえ話をすることがあるが、そのほとんどが、分かりやすく、的を得ているのだった。
だから、ひまりは六花を信頼していて、相談事があれば、いつも六花に相談していたのだ。
ひまりは基本的に天真爛漫だが、わがままなところがある。それをうまくコントロールできるのは、六花だけだということであろう。
ひまりの小説の好みは、好きなものと嫌いなものの共通点があるというところが面白かったりする。
例えば、読まないジャンルの中に、サスペンスや、ファンタジーがあるが、好きな小説としては、推理、探偵小説という括りのミステリー小説であり、もう一つはSFだったりする。
サスペンスというと、広義の意味のミステリーにも含まれるのではないだろうか。事件が起こって、それを解決していくという中で、刑事と犯人の間に、昔でいえば、カーチェイスのようなものがあれば、サスペンスと呼べるだろう、
二時間サスペンスなどのテレビドラマでは、ミステリー作家の原作作品を、刑事にスポットを当てて描くとサスペンスタッチになるであろう。
また、ファンタジーであるが、これも、異世界ファンタジーになれば、それこそ、異次元世界が絡んでくるので、広義の意味でのSFになるだろう。
そういう意味で、好きなものと嫌いなものが意外と隣り合わせだったりするのも面白い。
それはまるで、
「長所と短所」
というものと似ていたりしないだろうか。
「長所は短所と紙一重」
であったり、
「長所と短所は背中合わせだ」
と言われたりするではないか。
さらに、就活の時などの面接で、
「あなたの長所は?」
あるいは、
「あなたの短所は?」
と聞かれた場合、先に長所をいうのであれば、そのあとの短所は、長所と隣り合わせのようなことを言っておけば、面接官の心象もいいことだろう。
考えてみれば、面接官だって、先に長所を聞いて、それから短所を聞く時、答え方を、隣り合わせの答え方にすれば、無難な回答になり、
「短所の長所の一つ」
という形の答えを求めていて、受験者が、その通りに答えてくれれば、ここでの採点は、内容がどうこうというよりも、答え方が正解であるから、満点をつけるかも知れない。
つまりは、数学の試験などで、答えは合っているが、考え方が間違っているという場合か、それとも、答えは間違っているが、回答を導く考え方は合っているという場合とでは、どちらの心象がいいだろう。
マークシートでは、それも分からないだろうが、学校のテストなどでは、そのあたりが見られていたりする。その方が、本当は学問に対しての試験としては、正しいのかも知れない。
ひまりが、最近読んでいる小説の中で、普段はランダムに読んでいたのだが、久しぶりに、気になる作家がいて、
「この作家の本を、まず片っ端から読んでみよう」
と思うようになった。
その作家の小説は、
「ジャンルは何か?」
と聞かれると、結構曖昧な感じがする。
SFといえばSFだが、ホラーのようでもある。そういう意味で、ラストの数行に、どんでん返しが含まれていて、そういう小説を、
「奇妙な味」
というジャンルだと聞いたことがある。
ホラーのようで、SFのようでもあり、ミステリーのようでもある。それらのいいところを少しずつチューニングしたかのような作風で、音楽の好きな人に聞けば、
「まるで、プログレのようじゃないか?」
と言われたのだった。
その人は、昔の音楽が好きなようで、最初はビートルズサウンドから入り、六十年代の他のグループを凌駕したビートルズも、七十年代になると、
「プログレッシブロック」
というものに、趣向が変わっていったという。
「プログレッシブロックってどういうものなの?」
と聞くと、
「ジャズや、クラシックの音楽を基調に、ロックっぽくした作品なんだ」
という言い方をしていた。
その人は続ける。
十年も続いたブームではなかったんだけど、それでも、全世界的にブームで、ほとんどの地域でバンドができていたんだよ。南米や東洋、日本にだって、バンドがあったくらいだからね」
という。
「そうなんだ。じゃあ、曖昧な感じではあるけど、音楽としては、いろいろなジャンルの音楽の融合という感じなのかな?」
「うん、そうだね。クラシックとロックの融合、ジャズとロックの融合。そこにポップ調のものが入ってきたりと、面白いんだよ。それに一曲が結構長い曲も多くて、A面すべてが一曲になっていて、組曲としてできている曲もあったりするんだ、そのあたりはクラシックぽいだろう?」
ということであった。
当時は、レコードだったので、A面、B面とあったのだ、両面で一枚のアルバムということで、昔は、LPレコードと呼ばれた。
「なるほどですね。なかなか当時としては斬新な音楽だったんでしょうね?」
「うん、そういう意味で、前衛音楽と言われたりもしたんだ。ビートルズサウンドからは、かなりの飛躍のような感じはするんだけど、そもそも、クラシックやジャズというものが、昔からあった音楽だということなんだよね、僕なんかが考えると、クラシックの方がよほど、斬新な気がするんだけど、それだけ、時代が違ったということなのか、作っていた人がルネッサンスの昔をしのんでのことなのかということになるんだろうけど、僕は個人的には、ジャズよりもクラシックの方が好きだけどね」
と言っていた。
「前、ジャズを聴く人は年をとっても、そのままロックやジャズを聴き続けるけど、クラシックと聴いている人は、演歌に走るというような話を聞いたことがあるんだけどね」
というと、
「まあ、それは迷信で、都市伝説のようなものなんじゃないかな?」
と、その時に、迷信という言葉と、都市伝説という言葉を重ね合わせるような形で言われた。
今でこそ、都市伝説という言葉の意味を知っているので、
「広義の意味の迷信が、都市伝説になるんだろうな?」
と考える。