果てがない河
空賊編3 『砂上を翔ぶ』
大気を切りつつ俺が征くのは、果てなく広がる砂の上だ。
緩やかな小麦色をした砂の丘はどこまでも連なり、それが無限であるかのような錯覚を起こさせる。
飛び続けてほぼ丸一日。
いかに俺の愛機が優秀であるとは言え、クノル・クノルの鉱石から起こした燃料がなければここまでの飛行の継続は不可能で、俺はそれを財産の半分を使う事で漸う手に入れた。
俺が向かうのはかの『枯れた王国』だ。
あの国では近く『婚姻の儀式』が行われるはずだ。
かつて豊かで優雅な処であったあの国で、その象徴とも言える水が涸れたというのは半年ほど前に聞いた話だった。
それに付き纏うように俺の耳に届いたのは、坂を転げ落ちる岩のような、まさに『転落』を絵に描いたような有様の事だった。
詰まるところ国も人も同じだ。
その中に生を受けているうちに誤解されがちではあるが、どちらも無限でも永遠でもなく、絶える時には為す術もなくあっさりと絶える事がある。
王の憔悴はこの俺ですら聞くに眉をひそめずにはいられなかった。
それと同じように、聞くにつれ言葉を失うしかなかったのは王の娘、つまりはかの国の姫の事だ。
姫は美しい人だった。
だからこそ『墜ちた国の姫』となった時には、口さがない噂話の種としてやり玉に挙げられる事が反動的に多くなったのだろう。
ふと、瞼の裏に美しい少女の面影が浮かんだ。
――もう、どのくらい前の事になるだろう?
はにかむような笑顔はどこか眩しく、陽を見るかのように俺はつい眼を細める。
――はっと我に返り、瞼を勢いよく開く。
俺の削がれた気に機かのじょは敏感に反応し、機嫌を損ねたのか滑空する空の中でそっと左下へと向きを変えていた。
慌てて操縦桿を握り、水平に戻すようにそれを手前に引く。
機は俺を咎めるかのようにガタンと揺れ、しかし従順に水平へと体勢を戻してくれた。
「すまないな」
俺は機にそう話しかける。
そして手元の皮水筒を口元へと運び、中身を一口ぐびりと飲む。
南の高原に生えるルシ・マルチーナの実を煎り濾した濃い茶が、言いがたい酷い渋みを喉まで広く満たしてくれる。
眠気取りはこれに限る。
砂の果てを眺めても景色は変わらない。
だが、昼過ぎまでにはきっと、王国の端に辿り着くはずだ。
そこには僅かな緑が在る。
かつての経験と知恵に頼るなら、機を隠すならそこがうってつけだろう。
俺はもう一口茶を飲んだ。
渋みは今度はほとんど俺の胃の中にまで達してくれたので、俺は鼻から深く息を抜き、顔に纏わり付く茶の残り香を飛ばすべくエンジンをもう少し強く回す事にした。