果てがない河
空賊編2 『航空騎兵隊』
「而して、敵は単機であったという報告は真実か」
午後の薄い陽が緋色のカーテンを越して差し込む執務室で、マーカス・ヴェガは詰問を受けていた。
佇立する彼にはその質問に対し、肯定し頷くことしか出来ない。
すでに出ている答えに対してこのような質問を投げ掛けることは、彼に対する回りくどい叱責であり、自尊心を槌で砕く行為に他ならない。
「我が航空騎兵隊が、未だ実戦経験の無い者ばかりであったとはいえ、たった一機の空賊にしてやられたというわけだ」
ヴェガに背を向けた司令官は、伸びた自分の顎髭を何度も前へ前へと摩った。
「面目次第も御座いません」
ヴェガは何とかそう言葉を口から絞り出した。
確かにこの時、彼に与えられていた兵力は新兵の群れで、実戦経験は無かった。
とはいえ皆選り抜きの飛行機乗りである。
其処いらの者とは訳が違う。
なのに、完全に手も足も出なかった。
辛うじてあの航法、技術に食らいつけたのはヴェガただ独りだけであり、後席で機銃の操作を任せた新兵はぎゃあぎゃあと情けない悲鳴を上げるのみで、まるで使い物にはならなかった。
「――配置転換は避けられないものと思うべきだな」
そして彼の上官は、芝居がかった深刻さでそう呟いた。
そらおいでなすった、とヴェガは思う。
結局此処までがシナリオで、それ故に彼はこの時期、不自然に新人部隊を率いての護衛業務に就くこととなったのだろう。
※
戸を閉め、執務室を後にしながら、三間ほど歩いたところで我慢できずに右手の拳で左の手のひらをばしんと打った。
あの古狸が。
彼は心中で毒づく。
元々俺が邪魔であったことは分かる。
しかし此処まで露骨なのはどうかと思うぞ。
航空騎兵隊はこの国における『空の守り』の要であり、他国との交流の中で欠かすことが出来ない治安維持要員、部隊である。
果てしない砂が国と国を分かるこの世界で、空の移動は人にとっても物資にとっても欠かすことが出来ない『経路』である。
故に、ヴェガはそこを守る自分に誇りを抱き、国への揺らがぬ忠誠を抱いて入隊した。
訓練は苛烈を極めたが、ヴェガは耐え抜いた。
航空航法については天性の素質があったこともあり、実働部隊に配属されてからの彼はめきめきと実力を上げていき、部隊長を任されるまで10年の歳月を要しなかった。
そんな彼を辟易させたのは、しかしある意味平凡でどこにでもある理由だった。
各隊間における、単純な権力争いだ。
どこにでもある派閥と、彼には下らない代物にしか思えない各部隊間の『実績』の凌ぎあいとが、彼を時に酷く疲弊させた。
しかしそれでも積み上げた実績と、出来上がった立場が彼の自由をある程度許容するようになると、彼はそうした輩と自分との間に積極的に距離を取るようになった。
だが、それを反って佳しよしとしない者たちもいた。
この任務を拝したとき、だから彼は本能的に焦臭いきなくさい何かを感じ取った。
新兵を率いて、とある貴族の荷を隣国まで運ぶ。
機は全部で5機。
単純な任務となるはずであった。
彼も最近巷ちまたを賑わすある空賊の話を訊いたことが無いわけではなかった。
その空賊はここから相当に離れた空域で舞うという。
その操舵術を評し、『まるで曲芸を演じる狼のようだ』と述べた者がいた。
正直なところ、相見えてあいまみえてみたいという想いもあったというのは事実だ。
ただそれは純然たる空を駆る者としての興味なのであって、職務の上では必ずしも同じ心持ちだったわけではない。
――ジャヴァー・アドラー。
ヴェガは自分に煮え湯を飲ませた空賊の名を心中で呟き、ぎりと血が滲むほどに下唇を強く噛んだ。