果てがない河
王国編3 『風に混じる唄』
『明晰夢』という言葉を聞いたことがある。
夢の中で、「ああ、これは夢だ」と自覚できる夢のことだったと思う。
『そういうものなのかな』と一瞬思ったが、同時に『違う』と心が囁いた。
何が違うんだろうと思ったとき、風が肌を撫でるのを感じた。
乾いた、水気の全くない、ひりつくような風だ。
それでああ、と私は気がついた。
明晰夢を今まで見たことがないわけじゃない。
でも、これは確かに違う。
肌の感覚がある。
私の肌の感覚が、ある。
夢は所詮夢なので、今まで肌の感覚だけは再現できなかった。
『こころ』の対極にあるのが『肌の感覚』なのだと私は唐突に理解した。
それは『深く内側で思うこと』と、『直接外界に触れるモノ』の対比だ。
砂漠の風はひゅうひゅうと、強く、弱く、だけど絶えなく私の肌をなで続けた。
でも、だとすると、
そう思う私の耳に、ふと遠い調べが響いた。
風の向こうから、鈴の音が聞こえる。
ちりんちりんと細く小さく、しかしはっきりとそれは鈴の音であると分かるだけの、小さな金の響きをしていた。
それに乗せてしわがれた男の歌声が聞こえる。
その声の響きは、不思議だった。
不思議としか言い様がなかった。
私は日本で生まれて日本で育った。
英語の成績だって人並みでそれを過ぎない。
なのに、この響きは明らかに私が聞いてきたあらゆる言葉のそれとは違う。
なのに、なのになぜ、
『・・・征くなら歩め、
歩まば進め、
進まば征けよ、
征け征けよ』
単調に韻を踏む、
この言葉が伝えたいことを私はなぜ、理解しているのか?
何 なの、これは。
ふと目の前の視界がぐにゃりとひしゃげた。
吐き気を覚えて私は口元を押さえた。
だけど、うへえと出たものは荒い吐息だけだった。
しかし、その吐息に合わせて、
紡がれていた単調な言葉は不意に、途切れて消えた。