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果てがない河

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王国編10 『誰がために雨は降る』



 ――何だろう、胸の奥にもやがかかるかのような。
 感じたことの無い違和感。
 そこは砂漠の町として、私が想像する姿にひかくてき近かった。
 というか、私が以前映画で見た景色にどことなく似ていたのだ。
 大きなレンガ造りのような建物に、石が張られた砂の道。
 ひょろりとしたサボテンを思わせる緑色の植物。
 そして行き交う人々は私が歩みをともにする老人と同じように、半ば顔を隠すような布で頭部を覆い、やや俯くようにして歩いていた。

 多分私がいた世界とは違うので、陽はそこまで厳しくない。
 だから顔を覆うのは肌を守るためとかそんなのじゃ無く、何か社会的な意味があるのかもしれないと漠然と私は考えていた。

 しかし私が感じた違和感はそんなものじゃなく、もっと奥深いところのものではないかと感じた。
 たとえて言うならば『間違い探し』のような。
 目に見える景色が(それが私にとって初めての景色にもかかわらず)何か私に素知らぬ顔をしてウソをついてくるような。
 
 そんなことを考えていたから、ふと気がつくと私は足が止まっていた。
 そのことに気がつけたのは、先を行く老人がふと私の方を振り向いたからだ。
 私たちの間には15メートルほどの間隔が開いていた。
 あっと思わず声を上げて、私は小走りでその距離を詰めようとした。

 『声を上げて』

 そして私はまた立ち止まり、自分のしたことに自分で目を丸くする。

 ――声が、出た。

 反射的に私は自分の口を両手のひらで押さえていた。
 あんなに出そうとしても出なかった声が、ふと口をついて出た。
 老人もそのことに気がついたのだろう。
 目をやや大きく見開くようにして、私の方を見ている。
 私はそっと口を押さえていた手を離し、確認しようと試みる。
 簡単でいい。単純な音でいい。

 私は口を丸く開けて、そこに呼気を通そうと、試みる。

 お願い、
  出てよ、
   私の、声。

 でも、

 私の喉はもう震えなかった。
 出そう出そうと試みても、声帯は二度とは震えなかった。
 口をまあるく開けたまま、よほど変な顔をしていたのだろうか。
 私のそばをゆく人が、みんな怪訝そうに私の顔をちらりと一瞥していった。
 勿論、基本的には布で覆われた顔を俯かせているので、まじまじと見られるわけじゃ無い。
 でも、彼や彼女らは、間違いなく私の方を眺めていった。
 まるで、

 ――まるで、かわいそうな子を哀れむかのような、

 それらの視線には、そんな優しい暴力が込められているようで、

 私は、

 ほろと涙をこぼした。
 ほんとうに、何もかもそんなつもりじゃ、なかったのに。
 溢れる涙が嫌だったので、私はせめてそれが少なくなるようにと俯いた。
 口を閉じて。
 すると、肩にぽんと何かが乗る感覚がした。
 脇目で見ると、それは老人の手だった。
 私が老人の方を上目で見ると、彼は一度ゆっくりと頷いて、私の右手を自分の右手に中にそっと取った。
 そしてぐいと軽く引くと、先へと歩き出した。
 彼が手を取ってくれるので、私は俯いたままでも前へと進めた。


 背中を向けたままの老人の姿が、
 今の私には何よりもありがたかった。



作品名:果てがない河 作家名:匿川 名