果てがない河
天蓋のついた大きなベッドには乱れなくシーツが張り詰めてあった。
男はそこに向けて歩くと、身を半分翻して背中から『よっ』と声を上げつつ飛び込んだ。
ほどよく柔らかいクッションが彼の身体を受け止めて、軋みのひとつも立てなかった。
そのまま男は懐に片手を突っ込み、中の物を掴んだ。
そして引き出された右手の中には丸い玉のような物が握られている。
男はそれに息を軽くふうと一度かけると、ごしごしと袖布で拭って、親指と人差し指で摘まみなおしてのぞき込むように右目の前にあてがった。
紫のもやのようなものが、その玉の中には満ちていた。
彼の右目の視界の先で、それが少しずつ開けていく。
そしておぼろげに映し出されたのは、老人の姿だった。
その足取りは、周りの景色から察するに、彼のいる処へ向かっていることが分かる。
男はにやりと笑った。
それは悪意とか善意とかそういう感情ではなく、そんなものを越えたところから溢れてくる、自然な幼子の笑みのようですらあった。
しかしその次の瞬間、彼の笑みは幻のようにかき消えた。
彼の目は、視線の先には、『もうひとり』の姿が捉えられていた。
まるで見覚えのない少女は、観たこともない外とつ国の衣装を身に纏い、老人とともに歩んでいた。
「誰だ」
と男の口は、誰に向けて言うのでもなく、知れず、囁いていた。