果てがない河
王国編1 『涸れた湖の王女』
――水が絶えてしまった。
だからこそ、私の命運は決まったのであり、民を救うためにはこれしか途は無いのだ。
幾度となく呪文、あるいは呪詛のように繰り返されるのは、多少文言は異なれどほぼ同じ筋書きの『能書き』で、見えない鎖のように私を縛り付ける。
「端的に言おう。――情けない話だが、もう、金が無いのだよ我が国には」
父は、王は私にそう告げた。
今となっては貧しいばかりの私の祖国。
ここまで貧したのはあの大地震が発端だった。
それまでは美しい湖の国としてここは繁栄を続けてきた。
しかし、あの震災がすべてを変えた。
森の中の一角で、その湖の海へと続く端が、決壊したのだ。
誰もが想像もしなかったに違いないのだが、その湖は一夜にして姿を消した。
まるで風呂の底が抜けたかのように、あらゆる全ての水が蕩々とあふれ出し、そこから『なくなった』。
まるで『魔法のよう』としか言い様がないのだが、それでも目の前にぶっきらぼうに投げ出された光景は限りなく事実で、真実で、絶望で、やり場のない怒りで、きりの無い悲しみで、やはり――それまで湖の水に頼り生きてきた私たちには――『魔法』でしかなかった。
この国で、『水を買う日』が来るなんて誰が想像しただろう?
日々に要る水の量は尋常ではないし、節制だけでやりくりが出来るわけでもない。
井戸を掘るにも時間と知恵と労力が必要で、力と時の見通しに絶対とか、確実性もない。
豊かであった私の国の財政は、こうしてあっという間に枯渇した。
まるでこの湖の水のように、一夜のうちにとはいわないが、それが『干上がる』のにそれほどの時間を要する事はなかった。
攻める事なく国が得られるのは、この世界では『僥倖』というのだろう。
自国の民を疲弊させる事なく、国土を広げ、国力を上げる。
国同士の、王家の結婚といえば、通常は対等かそれに準じる関係とあるべきだ。
しかし私の場合は例外だと言える。
私は、買われるのだ。
国と国とを、
妻を夫と、
併せるのでは無く、
私は、
私の国は剣無く略奪されるのだ。
彼の国には水がある。
溢れ、滴る水がある。
失われた水を求め、そこに在る水のために。
美しく、時に陽を照り返し煌めくあの緩やかでたおやかな水面が、今は懐かしく、ただ恨めしい。
王は疲れた顔をしていた。
今まで私は王があのような貌をする事があるのだと言う事を知らずに生きてきた。
むしろ、夢に思いもしなかったと言っていい。
威厳は去り、覇気は無く、肩を落とし窓から国土を眺めおろす仕草に私は目を疑った。
そこに居たのは見知らぬ老人に見えた。
似つかわしくないほど豪奢な深い緋色のケープを纏ってはいるものの、その中で背を丸めているのは咳を堪える肺病の老人にしか見えなかった。
驚く私が立ち尽くしていると、老人はこちらに気がついたのかゆるゆると振り向いた。
そこに在ったのは長く見知った顔に間違いは無かった。
しかし、口元を歪め笑おうとする表情は、けして勝れず、私の中に在る王の姿とまるで鏡の魔法のように乖離した。