果てがない河
空賊編4 『庭の眺め』
――幾許いくばくかの刻を遡り――
――もしも光を例える言葉が暴力的なものであるならば、それはきっと刃(やいば)と形容されるべきなのだろう。
漠然と俺が考えていたのはそんなことだった。
庭の眺めは差し込む陽光に溢れ、それはあたかも隙間の無い刃のようだと俺は感じた。
――陽の光は恵みであり、生きとし生けるものへの祝福である。
そんなことは学のない俺であっても百も承知だ。
でもそれは俺が健全に朝を迎え、素面のまま二の足で立てる時に限定される事柄でもある。
つまりは、所謂二日酔いの状態で、腰は椅子を求め、さんざめくかのような光の筋は頭蓋骨の裏側を猛烈な啄木鳥のようにこつこつと叩きつけるような、そんなときにある俺には、眼を通し苛む陽光は、やはり忌むべきもの以外の何物もでもなく――
「アドラー!」
なのに、俺の名前を遠慮なく大声で呼ぶのは事情を欠片も知る由もない彼女その人だった。
だから俺は自分に課せられた義務を果たす。
つまりは可能な限り理知的に見えるように微笑みを浮かべ、
「はい、姫君」
と優しげに応じるのみだ。
そして姫君は俺の元へ駆けてきた。
ふたりの付き人が怪訝そうな眼を俺と姫君に向ける。
俺は痛む側頭部を無視して口元を緩め、右の手のひらを上にして姫君に差し出す。
姫君はそれに応じてにんまりと微笑み、自分の小さな手をその上に乗せる。
付き人らの眼が忌まわしげに俺を観る。
それに相応しくないと言葉ではなく責め立ててくるのだが――識ったことか。
俺は姫君の手を取り、少しだけ上に浮かせて、また下げる。
そしてその手の甲に軽く口づけをしてから、
「何でしょう、姫君」
と応じてみせる。
俺が仕える『我らの姫君』は一瞬目を丸くしたあとで、荒い鼻息をひとつ『ふん』とついてみせた。
「ルク・ルクの花が咲いたと聞いた。観たい。
案内を申しつける!」
そして姫君はそう宣告した。
姫君は花の位置など百も承知だ。
そして俺もそのことは千も承知だ。
さらに、付き人が俺に睨ねめ付ける嫉妬に似た怪しい『ひかり』は万も承知だ。