大団円の意味
それとも、これから相手をしてもらう女の子への気持ちを高めるという意味でも、他の女の子の写真が貼ってあるというのは、刺激になっていいのかも知れない。
ただ、遠山にはそんな余裕はなかった。
先輩の方は気持ちが大きなもので、座り方もふんぞり返っていた。
ちょうど他の客もいなかったので、二人だけだというのは、ある意味気は楽だったが、さすがに先輩ほどの読経などあるわけもなく、気が付けば、貧乏ゆすりをしていた。
先輩のそのことには気づいていたようだが、それを指摘するような野暮なことはしない。
全廃は、写真を見渡しながら、頷いていた。
「いつも見ているにも関わらず、また見て頷くというのは、待合室という雰囲気は、何度来ても、新鮮なものなのかも知れないな」
と、緊張しているくせに、冷静にそんなことを感じることができるのだった。
その部屋は今のように、室内完全禁煙というわけではないので、灰皿も置いてあり、先輩は喫煙者なので、タバコをふかしていた。それでも、いつもに比べて吸うスピードが結構早いのが感じられたので、先輩も何だかんだいって、緊張しているのか、それとも、これが先輩のペースなのか分からなかったが、
「自分も何度か通えば、同じようになるのだろうか?」
などと考えるのだった。
このお店は、客を名前で呼ばずに、番号札の番号で呼ぶ。この頃くらいから、個人情報というのも騒がれ出したので、それも当然のことであろう。
「番号札十二番のお客様」
と呼ばれ、それが自分であると分かると、遠山の緊張は一気に高まった。
思わず先輩を見ると、ニコニコ微笑みながら、
「頑張ってこい」
と言われた。
「何を頑張ればいいんだ?」
と思わず笑ってしまうと、先輩は緊張がほぐれたと思ったのか、安心したような顔になった。
「俺くらいでも、この瞬間って、結構緊張するんだぞ。だけどな、この緊張が快感だったりするんだ」
と先輩に言われたが、その時は、まだピンとこなかった。
何しろその時は、緊張感で気持ちがはちきれそうになっているからだった。
恥ずかしいという気持ちと、先輩がいうように、頑張ろうという気持ち、そして最後になって襲ってくるかも知れない罪悪感や憔悴感を思うと、それぞれの感情が入り混じってしまって、
「負のスパイラルを形成するのではないか?」
と思うと、今の心境のどの気持ちが一番強いのかが分からない分、何に対して緊張しているのかを思うと、
「最初に感じた恥ずかしさではないか?」
と感じるのだった。
注意事項を説明されて、スタッフの男性から、
「そのカーテンの向こうに、嬢はおられますので、ご一緒にお部屋までどうぞ」
と言われ、カーテンを開けると、そこには、セクシーな衣装を身に着けた一人の女の子が立ってった。
「こんにちは、初めまして」
と言って、軽く首を横に傾げるように挨拶をしてくれた。
あどけない表情がどこか小悪魔的なのだが、そもそも小悪魔というのがどういうものなのか分かっていなかったが、
「初対面の女の子が、首を横に傾げるようにして笑うと、思わずこっちも同じようにしたくなるような魔力を感じると思うけど、そういう雰囲気を小悪魔っていうと覚えておけばいい」
と。以前先輩から教えられた。
彼女の素振りは、よく見ていくと、先輩が以前から話をしてくれている女の子の雰囲気によく似ている。毎回同じタイミングでの話ではないので、それを積み重ねて考えることがなかったので、話の中で一人の女の子を創造することはできなかった。
そのわりに、よく、先輩が話していたことだと気が付いたものだと感じたが、それだけ、自分でも、
「この子のことをもっと知りたい」
と感じたのかも知れない。
確かに、お金を払って相手をしてもらう女の子なのだから、恋愛対象とは違うのだろうが、これも先輩からの話だが、
「お金を払って相手をしてもらっているわけなので、自分のものだとは決して思ってはいけないけど、せっかく二人きりになれる時間を得たんだから、いくら疑似恋愛とはいえ、恋人気分になって一緒にいるというのは、別に悪いことではない。逆に、その時間を楽しもうと思うくらいじゃないと、お金を払う以上、もったいないぞ」
と言われたものだ。
それを思い出していると、スタッフが、
「お楽しみください」
と言った言葉の意味が何となくではあるが分かった気がした。
「そうか、ここでは楽しめばいいんだ」
ということに気づくと、相手が笑顔で接してくれるのを、ありがたく受け入れればいいのだ。何も変に緊張してしまう必要はない。身体を固くして、せっかく気持ちがいいものを半減させてはもったいないではないか。
そう感じたのだが、だからと言って、急に言われても、何をどう楽しめばいいのか分からない。
彼女は自分の名前を、「えいみ」と言った。
そういえば、受付で女の子を選ぶ時、名前を見たつもりだったのに、それすら忘れてしまっていたのだ、
「そんなにまで緊張していたのか?」
と思ったが、何しろ、生身の女性の身体は初めてだから、それもしょうがないことだった。
以前、先輩のところで見たAVがあったのだが、それがちょうど、童貞の筆おろしだった。
それも、ソープでの筆おろしの場面であり、あたかも、
「お前の童貞卒業はこういう感じになるんだぞ」
と言わんばかりの様子だった。
それを嬢と二人でお部屋までの通路を歩いている時に思い出したのだ。
手を握りながら、彼女は、指を、こちらの指の間に挟んでくるようだ。隙間がないほどに駆らませてくる状態に、休みはなく、汗を掻くはずのない掌が汗を掻いているような気がしてくるから不思議だった。
「どんなに緊張して汗が出てきたりしても、掌から汗を掻くことはないんだ。汗を掻いたとすれば、それは快感からなんじゃないかな?」
と先輩がいうので、
「本当ですか?」
と聞くと、
「俺の勝手な感覚だけどな」
と言って笑っていた。
ただ、確かに掌に汗を掻くというのは珍しいようで、実際に今掌に汗を掻いているのを見ると、先輩のいうことが、これほど信憑性のあることだとは、思ってもみなかった。
先輩のように、学校の成績だけではなく、雑学的なことをよく知っている人は、尊敬に値する。遠山が、歴史を好きになったのは、実はこの先輩のおかげだった。大学に入ってから少しして、先輩と、自分の同級生と三人で話をしたことがあった。同級生の友達は、歴史が好きで、あまり歴史に対して詳しくない自分は、なるべく歴史の話を避けていたのだった。
しかし、先輩がちょっとしたことで、歴史の話をし始めた時、まるで水を得た魚のように、友達は堰を切って話始めた。
ほとんど、激論に近いもので、正直、遠山には二人が何の話をしているのかすらまったく分からなかった。完全に蚊帳の外だったのだが、先輩はそれを意識していたという。友達は、普段から歴史の話ができないことに対して、かなり鬱積したものがあったのだろう。隣に遠山がいることなどまったく気にすることなく、歴史の話に没頭していた。
それを見て、
「申し訳ないことをしたな」