大団円の意味
落ち込んでいるというだけで、恥ずかしいことなのに、それをまわりに悟られないようにするどころか、落ち込んでいることをまわりに知らせないと、気が済まないというような感覚が、どこから来るものなのか、考えてみたが、その時に分かったこととして、
「自分が、多重人格なのではないか?」
という思いだった。
そんな多重人格性の一端を垣間見たのが、
「あゆとの、えっち電話」
だったのではないだろうか。
あの電話をかける前のドキドキとしていた感覚、そして電話中の自分、さらに電話を切って我に返った自分。それぞれに別の自分がいるようだ。
「どれが本当の自分なんだろう?」
と思うと、最後の尾罪悪感に苛まれる自分が、本当の自分だと思いたいと感じていたが、実際には、それらすべてが本当の自分に間違いはない。
一人でも否定してしまうと、自分ではなくなってしまうような気がするからで、その思いが、どこに繋がるのか、考えが及ばなくなってくる。
その感覚は、初めてではない。
「そうだ、電話に酔って、感覚がマヒしている時だ」
と思うと、考えが及ばないことも、感覚がマヒしている時のことも、
「自分が、何かから逃げ出そうとしている」
という感覚なのではないかと思うのだった。
その考えがあることから、自分を多重人格だと思うようになり、それ以降、絶えず、自分の中に、多重人格というものを考えている自分というのも、存在しているということを感じるのだった。
多重人格
「バーチャルリアリティ」
というものを、経験したことで、まるで自分が多重人格であると思うようになると、気持ちの中で、タイムスリップが起こっているように感じることがある。
要するに、本当の自分というものの間に、別の性格が表に出てきて、それが暗躍するのだろうが、我に返ってしまうと、まるでそれが夢だったかのように、思い出そうとしても、その間の気持ちを忘れてしまっているかのようだった。
そういう意味では、
「多重人格性における。普段は隠れている感覚が、たまに表に出てくることがあるが、それが夢のような感覚なのかも知れない」
と感じるのだった。
だから、いつも裏に潜んでいるものが、表に出てきても、その間は、自分にとって空白な時間にしか思わない。なぜなら、忘れてしまって思い出せないからだ。。
その間、自分が何を考えて、何をしようとしていたのか、その感覚は飛んでしまっている。そういう意味でのタイムスリップという感覚なのだ。
隠れている性格が、自分にとって、いい影響を与えるのか、悪い影響を与えるのかということは、正直分からない。
しかし、分からないだけに、下手に抗っても、それは無理のあることであろう。だから、遠山は、下手に意識することなく、
「これも一つの運命のようだ」
と思うことで、自分が流されていくことを悪いと思わないようにした。
というのは、
「自分が多重人格である」
ということを自覚できただけでも、いいことなのだと思うからで、その思いに抗わないようにするには、運命と感じることが自然なのだと思うからだった。
今まで、人を好きになっても付き合うことがなかった遠山が、まるで失恋したかのような気持ちを表に出していることを、まわりの人も違和感として捉えていた。
今までは、片想いをしていても、それが分かった時、
「失恋した」
という意識はなく、表にそれを出そうとは思わなかった。
ということは、今回は片想いの感覚ではなく、明らかに両想いの中にある普通の失恋だといえるだろう。
「バーチャルの恋愛という恥ずかしいことなのに、それをまわりに分かってほしいと思うのは、自分が今まで失恋の経験がないからということと、失恋をしたということを、自分の中で理解したいという願望のようなものがあるからではないだろうか?」
と、遠山は自分の中で、そう理解しようと思うのだった。
そんな中で、
「あんな女がネットの中には住んでいるんだ」
という思いから、ネットの恐ろしさの片りんを見たような気がした。
その思いがあることから、しばらくチャットやメッセンジャーの世界から、
「足を洗った」
のである。
ただ、必要な常識を得るためという意味で、ネットから完全に離れるということなどできるわけもなく、毎日のようにパソコンを開く生活はしていたのである。
「これが、本来のパソコンの使い方なのかも知れないな」
と思ったが、そうなると、せっかく高い金を出してまで買ったパソコンが、もったいなくなってくるのであった。
「何か、活用方法を考えないとな」
と思っていた。
そんな頃であった、例の大学の先輩が連絡してきて、いきなり、
「おう、久しぶりだな。童貞は卒業したかい」
と言って、高笑いが聞こえてきた。
それを聞いて一瞬、
「人の気も知らないで」
と先輩の態度に、露骨に嫌悪を感じたが、それを予期していたように、先輩は、
「そうか、そうか。それは悪かったな。じゃあ、約束通り、俺が童貞を卒業させてやろう」
というではないか。
以前であれば、
「いいですよ。俺が自分で何とかしますよ」
と言ったのだろうが、その時は、
「これも運命か?」
と考えるようになっていた。
そして、そう思うと、何やら懐かしい興奮が芽生えてくるのを感じたのだが、その興奮は、懐かしいというほど古いものではないように思えたのだ。
「ああ、あのえっち電話の時の感覚だ」
と思った。
あの時は、好きでもない相手に、勝手に恋愛感情を抱き、お互いにバーチャルで妄想に入り込み、深みに嵌ってしまったという感覚だったのを思い出したのだ。
だが、先輩が連れていってくれようとしているところは、別に妄想の世界ではない。もちろん、実際に行為に入るまでは、妄想の世界であるが、その妄想というのは、成長型の妄想であった。
童貞である自分が、妄想をするのだ。相手は別に好きな相手というわけでもなく、逆に、
「お金で、快感を与えてもらう」
という契約のようなものだと思うと、割り切ることもできる。
そして、その妄想を抱くことも、非合法ではない。しっかりとした法律に守られて、市民権を得ている商売なのだ。
そのことについては。先輩が以前説明してくれた。
「お前だったら、そういうところも、変に意識するだろうからな」
と言っていたが、それは決して褒めているわけではなく、皮肉を言っているだけだ。
「そんなことをいちいち気にしているから、いつまで経っても、彼女もできないし、童貞も卒業できないんだ」
と言いたいのだろう。
そんなことは、百も承知だとばかりに、遠山は思っていた。
だから、先輩のいうことも分かっているつもりだったし、今回は、
「抗わないことにしよう」
と感じたのだった。
先輩が連れていってくれたのは、ソープランドであった。