交わることのない上に伸びるスパイラル
と思うのだが、その夢もいつだったのか、まったく分からない。
もし、それが夢だったとすれば、どの夢は怖い夢だったのだろうか? それとも、楽しい夢だったのだろうか?
さくらは、思い出そうとするのだが、ハッキリと思い出せない。むしろ思い出そうとしているせいか、次第に忘れていくかのようで、忘れてしまいたい顔であるにも関わらず、忘れることの方が怖いくらいだ。
さくらは、中学時代を、あまり思い出したくはない。思春期の学校が頭に浮かんでくるからだ、
しかも、男子の汚らしい顔であったり、どことなく臭ってくる、異臭。あの何とも言えない臭いを、フェロモンとはいえないだろう。だが、クラスの女の子に、その臭いを、
「フェロモンだ」
と言っている子がいて、その子は、クラスメイトの女の子から、
「気持ち悪い」
と言われていた。
彼女も、何とも言えない異臭が漂っていた。それは、男子の臭いでも、女子の臭いでもなかった。
悪臭であることに間違いはないのだが、人によっては、
「これは嫌いな臭いではない」
という人もいるような気がした。
ただ、さくらとしては、その臭いが、
「まるで虫の臭いのようだ」
と感じられたのは、気のせいだろうか。
虫の臭いだということを感じたので、その時点で、いい匂いとは、絶対に思えなかったのだ。
男子というのが、どういうものなのかを知る前に、まさか同じ女子で、よく分からない人がいるとは思わなかった。
その女の子は、女子からは嫌われていたが、なぜか男子に人気があった。愛嬌があるわけでもなく、男子に媚びているわけでもない。
逆に男子を自分の前にひざまずかせようとしている感じだった。
まるで女王バチに群がる働きバチとでもいえばいいのか、女性は毛嫌いしているのに、男子は彼女にひれ伏している。
「女性であれば、男子をひれ伏させるような女にあこがれを持つのではないだろうか?」
と、さくらはそんな風に思ったのだが、他の女性は、なぜか、憧れどころか、毛嫌いである。
思春期の女の子は、まだ大人になり切れていないので、男子に媚びるということも分からないし、男女の違いも、おぼろげにしか分からない。
自分が女性であるということを理解し、女性がどういうものなのかを感じようとする。
その時、男子をどのように意識しているというのだろうか?
まずは自分のことが最優先なのだろうか?
男子の場合は、自分が男子であるということよりも、もっと、本能に忠実なようである。目の前にいる女の子をまずは意識してしまい、
「自分が女の子から好かれるには、どうすればいいんだ?」
ということを考える。
つまり、
「自分が男子として成長するのは、女の子にモテたいからだ」
という意識を持つからなのではないだろうか。
女子は。、まずは自分のことを考え、男子は女性ばかりを見ている。だから、女王バチのように見えるのではないかと思えてきた。
女性の中で、少し変わった人がいると、女子は、毛嫌いして、男子は興味をそそられる。そのことを、
「思春期だから」
ということだけで解釈しようとすると、自分が分からなくなる。
それは、自分が何を考えているのかということからなのか。それとも、自分の考えが自分以外のことに向いていることに不思議な感覚を覚えるからなのかの、どちらかなのではないかと思うのだった。
そんな中学時代のクラスメイトや、兄を見ていると、女性をどのような目で見ているのかが怖く感じられる。中学時代の、変わった女の子のことが、なぜか高校生になるまでトラウマのようになっていて、そのことを、かずさも知らなかったくらいだ。
その女の子のことを次第に意識しなくなった頃に、かずさと知り合ったのだから、それも無理もないことであろう。
「さくらは、時々、ボーっとしていることがあるよね?」
と、たまにかずさに言われるが、それが、その女の子によるトラウマであった。
かずさに言われるまで、確かに頭はボーっとしていた。何かを考えていたはずなのに、声を掛けられた時に何もかも忘れてしまったのだ。
その、
「忘れてしまうという行為」
それが、さくらにとっての、トラウマだといえるのではないだろうか。
そんな中学時代が、今では忘却の彼方にあるというのも、皮肉なことであった。
伊豆急下田までは、今までに何度か来たことがあった、そのほとんどは、かずさと一緒に来たのであり、それ以外の時は、兄と一緒に来たのだった。
伊豆の温泉がいいということで、かずさと一緒に高校の時、二人で来た。それが最初だったのだが、そこから、遠くまで足を延ばすこともなく、普通に温泉宿に泊まって、ゆっくりしたかったということで、かずさも、気持ちは同じだったようだ。
「皆でわいわい騒ぐようなことはしたくないわよね」
と、かずさがいうと、
「うんうん、それは、私もまったく同意見」
と、その時初めてさくらは、自分が今まで身体が弱くて、時々、別荘に行ったり、温泉に来ていたりしたことを明かした。
「そうだったんだ。さくらを見ていると、どこか、病弱な感じはあったのよね。でも、それは言ってはいけないことだと思っていたので、自分から告白してくれたのは、私にとっても、ありがたいことだわ」
と言ってくれたのは、さくらにも嬉しいことだった。
二人は温泉に浸かって、おいしいものを食べて、軽く宿の近くを散歩がてら、散策することが好きだった。
あれは、伊東の温泉に行った時だっただろうか。少し奥まったところにある温泉に行った時、ちょうど、滝があるということで、一緒に行ってみたことがあった。
あれは、夏休みの、最高気温が、三十五度を超えるという、猛暑日だったにも関わらず、ここの滝では、
「半袖では寒いくらいだわね」
と思うほど、冷えていた。
しかも、水圧は結構なもので、その水しぶきは、白い霧を形成していて、その湿気は、半袖からはみ出した腕に、湿気でべとべとするくらいになっていた。
元々、海が苦手だったのは、この湿気が問題だったのだが、この滝では、気分が悪くなることはなかった。むしろ、この涼しさが、身体を強くしてくれそうな気がするくらいで、一緒にいるかずさも、
「ここなら、さくらは強くなれるんじゃない?」
と言ってくれた。
「またしても、同意見」
と言って笑うさくらを、かずさは暖かい目で見つめてくれているのだった。
滝の圧力に圧されて、水の音で、耳の感覚がマヒしてくるほどだったが、そこから少し奥に入り、滝を後ろにすると、今度は、その音がほとんどしなくなってきた。
「まるで、音が遮断されたみたいよね」
と、かずさは言ったが、まさしくその通りだった。
さらに歩いていくと、そこには、小さな祠が建っていて、祠には、つい先ほど誰かが備えたと思われる供物があったのだ。
「こんなところに、お供えに来るというのは、地元の人なのかしら?」
ということであったが、どうやら、ここに供物を収めていたのは、宿の人だったという。
作品名:交わることのない上に伸びるスパイラル 作家名:森本晃次