交わることのない上に伸びるスパイラル
「私は、前ここに訳があってきたんですが、その時の縁で、ここで働かせてもらっているんです。あの祠には、本当に助けられたと思っているので、私は、それからずっとお供えを持っていくようにしているんですよ」
と、女中さんが、そういって、話してくれた。
後で、かずさと話をした時、
「さっきの女中さん、訳があってって言ってたけど、ひょっとすると、自殺しようと思っていたのかも知れないわね」
と言った。
そのことは、さくらもウスウス感じていたので、
「うん、私もそんな感じがした。そうであれば、祠にお供え物をするという気持ちになるのも分かる気がするわ。でも、毎日のようにお供えをしているというのは、本当に素晴らしいと思うわ。そんな彼女を雇っている、宿の女将さんも、きっといい人なんでしょうね」
と話した。
宿の女将さんとは、その後話をする機会があったが、さすがにプライベートに押し入るわけにもいかず、気にはなっていたが、女中さんのことを聞くことは控えていた。
だが、確かに女将さんがいい人であることは、話をしていて分かった気がした。それを思って、それから、しばらく定期的に、かずさとさくらは、一緒にこの宿に泊まっていたのだった。
そのことは、今回一緒に旅行している桑原には話していない。そもそも、かずさとの思い出なので、他人に話すつもりは、毛頭なかったのだ。
そして、今回の宿の近くにも滝があって、やはりその先にも、祠があったのだ。
「どこかで見たことがあるような風景」
そう思ったのは、一瞬、時間をさかのぼった気がしたからだった。
宿についた時、女中さんが話してくれた。
「この宿の近くに、大きな滝があって、そこがここの名物にもなっているんですよ。後で行かれてみればいいですよ」
と言われたので、桑原も興味があったのか、
「へえ、それはすごいですね。さくらさん、後で早速行ってみることにしましょうよ」
と嬉しそうにはしゃいでいた。
それを見て、
「かずさだったら、こんな桑原さんと見て、どう思うんだろうな?」
と思った。
桑原は、この宿に来るまで、あまり話をしてくることはなかったが、その理由がどこにあるのか分からなかった。
「このまま、こんな調子だったら、どうしよう? 誘ってきたのは、あなたなんだからね」
と、思わず口にはしなかったが、心の中でそう呟いていた。
だが、滝の話を聞いて、急にはしゃぎ始めたのを見て。まるで、どこかわざとらしさを感じるくらいだった。
滝に行ってみると、なるほど、結構大きな滝だったが、さくらには、それほど感動するほどの大きさではなかった。どちらかというと、
「前に行った、伊東の滝の方が大きかったような気がする」
と思ったほどだが、それはきっと、初めての滝だったというのと、それほど最初は期待していなかったという思いのわりに大きかったこと、しかし、今回は最初から期待してしまった分、それほどでもないという、半分がっかりしたという感覚よりも、がっかりさせられたという方が強いのは、なぜなのかという感覚が自分でも不思議に思ったのだった。
今回の滝の奥にある祠は、伊東の祠よりも、一回り大きな感じがした。
やはり、滝が近くにあるので、湿気のために濡れていたが、祠を見た瞬間、滝の音が急に聞こえなくなった。
それは、伊東の時と同じだったが、何かが違っているような感覚だった。
何が違っているのか、自分でもよく分からなかったが、それを分からせてくれたのが、
「この滝と祠に、もう一度来ることになるような気がする」
という思いであった。
しかも、その思いの奥に、もう一つ感じるものがあり、それが、
「今の心境とはまったく違う心境で、ここにこなければならない」
という感情であった。
しかも、それは、
「なるべくなら来たくない」
と思わせるものであり、それを思うと、頭の中に、この目の前の風景が、本当に風景としてインプットされてしまうような気がするのだ。
それは、感覚がマヒしているものであり、滝を見ている時に感じたあの音が、耳から離れないと思っているくせに、何かの拍子に、その音が、籠って聞こえてしまうようであり、自分が滝つぼに吸い込まれていくような気がして仕方がなかった。
「そういえば、滝つぼを、まじまじと見た記憶はなかったわ」
と感じた。
音だけが印象に残っていて。景色を思い出すことができないでいた。それはきっと、滝の圧力が強すぎて、水圧のために、水しぶきからか、白い滝のようになっていて、視界がハッキリとしていなかったからなのかも知れない。
それを思うと、目の前に見えている光景は、
「人の顔が目の前にあったら、その表情がどんなものか分からないんでしょうね」
と思うような感じだった。
滝つぼに落ちる水の勢いのせいで、人の顔すら、水に吸い込まれるように思え、気が付けば、滝つぼに叩き込まれてしまうのではないかという錯覚に陥ってしまっていた。
この目の前にある滝を超えると、急に音が籠って聞こえるのは、感覚がマヒしたというよりも、
「その滝の勢いから逃げ出したい」
という意識が強いことで、逃走本能のようなものが芽生えたからではないかと思うのは気のせいであろうか。
「ここだったら、楽に死ねるのでしょうね」
と、恐ろしいことを感じてしまうほどだった。
滝つぼの話
宿についた時間は、午後三時くらいだった。昼食は伊豆急下田駅の近くで済ませた。お互いにそれほどお腹が減っていたわけではないということで、喫茶店での軽食で済ませたが、さくらは、久しぶりにエビピラフを食べたのだが、
「こんなにおいしいと思ったのは久しぶりだ」
と感じた。
そういえば、エビピラフを最後に食べたのはいつだっただろう? 確か、かずさと食べたのが最後ではなかったか。あの時は、さくらが無性にかずさに会いたくなって、自分から連絡をした時だったと思う。
その時のエビピラフの味を思い出してみたが、今回食べたエビピラフの味が記憶を打ち消したのか、思い出せなかった。それだけ、あの時の味と違ったということか、それとも同じだったので、意識が重なってしまったのか、どちらか分からないが、その時の記憶を思い出させておいて、味を思い出させないというのは、何ともじれったい気持ちにさせられて、辛さすら覚えたほどだった。
だが、エビピラフがおいしかったのは事実で、エビピラフに罪はない。
「そのおいしさに免じて、許してやろう」
などと思ったが、自分が何ともおこがましい人間なのかと思い、急におかしくなったさくらだった。
そのおいしさを忘れないようにしようと思ったが、
「しばらくは忘れないような気がする」
とも思った。
それだけ、バターの味とエビの味が微妙にマッチしていて、
「そういえば、前に食べた時も同じことを思ったんだっけ」
というのを思い出すと、
「エビピラフ、恐るべし」
と感じたのだった。
さすがに、あまりお腹が空いていなかったせいか、エビピラフでも、結構腹が膨れたような気がした。
作品名:交わることのない上に伸びるスパイラル 作家名:森本晃次