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交わることのない上に伸びるスパイラル

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「これは、画家の話ではなかったんだけど、僕も昔、絵を描こうと思ったことがあったんだ。そして、僕の友達に、同じように絵を描きたいと思っているやつがいて、その友達と絵を描くことについて話をしたことがあったんだけど、それを今回、少し思い出したんだよ」
 とさらに、桑原が続けた。
「それはどういうことなんですか?」
 とさくらが聞くと、
「その絵を描くのが好きなやつも、その時の僕も、絵を描きたいとは思うんだけど、なかなか描けなかった。なぜ、描けないんだろうっていう話をしたことがあったんだけど、その時のことなんだよね」
 と言って、一瞬考え込んでいるようだった。
 さらに続ける。
「その理由が二つあるんじゃないかという結論にその時は至ったんだけど、そのどちらも、よく考えると、結局は一つではないかと思うような、関連性のあることのように感じたんだ。まず一つは、バランスの問題ではないかと思ったんだけど、そのバランスというのは、例えば風景画を描く時など、海があって水平線があって、空があるという光景を見た時、自分の絵をどの部分に水平線を持っているか? ということになるんだけど、目の前に見えている光景をそのまま描こうとすると、いつもバランスが悪い気がするんだ。要するに、空と海をどのあたりから描き始めるかによって、変わってくるからに違いはないんだけどね。それについて、友達は面白いことを言っていたんだ」
 と桑原はいう。
「どういうこと?」
 と一瞬、言葉が止まった桑原に、相槌を打つかのように、さくらは訊ねた。
「友達はね。その時、急に後ろを向いて、腰をぐっと屈めて、股の間から、被写体を見たんだ。そして、僕に、お前もやってみるって言ったんだけど、やってみると、面白い光景が見えたんだよ。今までは空が七で、海が三くらいの割合に見えていたものが、逆さから見ると、反対に空が三で、海が七に見えたんだよ。錯覚だろうから、当然の誤差はあるだろうが、その違和感は、確かに心境を一変させるものだったんだ」
 と、桑原は言った。
「それって、日本三景の天橋立では有名な、股のぞきというものになるのかしらね? 股の間から除くと、竜が天に昇っていくように見えるんですって」
 とさくらはいう。
「うん、それは知っている。僕もそれを感じたんだけどね。そして、僕はそれを見た時、もう一つのことに気づいたんだ」
「というと?」
「もう一つというのは、遠近感だったんだ。そして、遠近感ということに気づくと、どうして股の間から覗くと錯覚を起こすのか少し分かった気がしたんだ。股の間から覗いた時には、それまでに感じていたはずの遠近感がまったくない。頭に血が上っていくのを感じるからなのかって思ったくらいだったよ」
「どうしてなのかしらね?」
 と、いうさくらの質問に敢えて答えようとはせず、
「その時の遠近感のなさがなぜなのか、それもすぐに分かった気がしたんだ。その原因というのが、光の濃淡だったんだよ。光あるところに必ず影があるはずだろう? 普通に見ている時は、意識をしていないせいか、影というものをあまり気にしないんだ。それだけ風景に同化しているとでもいえばいいのかな? でも、絵を描こうと思うと、光と影を無視することはできない。なぜだか分かるかい?」
 と聞かれたさくらは、少し考えて、
「影をどのように描こうかという意識をするからなのかしら? 特に素人だったら、それを意識するじゃないかしら?」
 と答えた、
「うん、確かにそうなんだ。絵を描く時というと、最初は全体を見てバランスを考えて描こうと思うんだけど、その途中から、どんどん、描いている範囲ばかりに集中して、まともに描けていないことに気づく。そして、色の濃淡が次第に遠近感を表していることに気づくと、影が立体感を表していると感じるんだ。そう、股の間から見て、遠近感を感じないのは、そこに絵を見ているような、平面を感じるからなんだよ。だから、僕は敢えて、絵を描こうと考えた時、股の間から覗いてみることにしたんだ。まだ実際に絵が描けるまでにはなっていないんだけどね。やっぱり、才能がないのかな?」
 と言って、彼は笑ったが、さくらは、笑い返すことはできなかった。
 それだけ、桑原の考えに陶酔したというか、感動していたのだ。
 こんな話をしている時、警察から連絡があった。行方不明になっている旦那が見つかったという。出頭してきたわけではなく、殺害されているのが見つかったらしいのだ。さらに不思議なのは、
「死後かなり経過しているということなのだが、どうやら、奥さんよりも先に殺されている可能性が高いようなんです」
 ということであった、
「ところで、どこかにその死体は隠してあったんですか?」
 と桑原が聞くと、
「ええ、だからなかなか見つからなかったんですよ」
 と、刑事は答えた。
 それを聞いて、さくらは、不安な顔になり、電話をしている桑原を見つめた。スマホをスピーカーにしていたので、話は聞こえたのだ。ということは、今二人きりで、他には誰もいない部屋の中にいた。何をしていたというのだろうか?

                 大団円

 二人がいるその部屋は、桑原の部屋であった。
 その前の晩、二人は結ばれた、本来であれば、温泉宿で結ばれるはずだった二人なのだが、まさか、殺人事件が起こるなど思ってもみなかったので、その日はそんな雰囲気になれなかった。
 しかし、二人の気持ちは決まっていたので、二人が愛し合うということは決まっていて、
「いずれ、近いうちに」
 とお互いに思っていた。
 それも、本当に近いうちにと二人ともが思っていて、それが昨夜になっただけのことだった。
 この時、それまですれ違っていた気持ちも一つになった気がした。さくらにとって、桑原が、桑原にとってさくらが、かけがえのない存在であり、
「もっと早く、こうなっていたかったわ」
 とさくらは言ったが、
「そうなんだけどな。でも、僕の気持ちが整理をつけられなかったのさ。たぶん、それはさくらさん、君も同じなんじゃないかな?
 と、桑原は言った。
「ええ、そうなの、お兄ちゃんが死んでから、ずっと蟠りのようなものがあったの。それが何かということを、今知ったような気がする。今の桑原さんのその顔、私は今懐かしいと思って見ているんです」
 というさくらの話を聞いて、
「やっぱりそうだったんだね。君のお兄さんは、君を愛していたんだろうね」
 と言って寂しそうな顔をした桑原だった。
 しかし、この悲しそうな顔は、兄が妹を愛していたことに対して、兄なりに悩んでいたということに対しての、寂しそうな表情ではない。まるで、お兄ちゃんが、捕らわれていたものを、いかに解釈できるかということを、今さらながら、桑原は考えているようだった。
「さくらちゃんが、僕のことを、今になっても、桑原さんと呼んでいるわけが分かった気がした。君はどうしても、お兄ちゃんと僕とを切り離して考えたいんだね? つまりは、今までは僕の後ろにお兄ちゃんを見ていたのではないかと思うんだけど、違うのだろうか?」
 と、桑原は感じ、それをさくらに正直に聞いてみた。