交わることのない上に伸びるスパイラル
「警察って意外と失礼な尋問をするものだ」
と思っていた。
さくらは、それを聞いて、自分が警察の誘導尋問に引っかからないようにしないといけないと思った。
何しろ、殺人事件に巻き込まれるなんて、人生に一度あればすごいくらいのもので、普通の人は一度たりとも、こんな経験はしないだろうと思っているので、手は震えていて、少し顔色も悪いかも知れない。
「でも、刑事さんとは初対面なので、普段の私を知るはずもないので、顔色が悪いかどうかなど分かるはずもない」
と思っていた。
もっとも、顔色が悪いかどうかというのは、さくらが勝手に思っているわけであり、しかも、もし今鏡を見ても、きっと顔色に関しては分からないだろう。
なぜなら、普段から自分の顔色を気にして、鏡なんか見ていないからだと感じたのだ。
そういう意味では、結構冷静に考えていたのかも知れない。
こんな人生に一度あるかないかの場面に出くわしていて、指先の震えが止まらないと思っていながら、なぜか落ち着いている。
しかも、警察に尋問されることは、それほどびくつくことではないと思っているのに、なぜか震えが止まらない。
実は昨年、兄が死んだ時も、警察に尋問された。その理由が変死体だったからだ。
交通事故だったのだが、警察から、
「榎田博人さんがお亡くなりになりました」
と連絡があり、急いで警察署に向かったが、その時、初めて交通事故で亡くなったことを知らされた。即死だったようで、それを聞いた時、さくらは、
「よかった。苦しむことはなかったんだろうな」
と感じたのを思い出した。
死んだという悲しさもあり、もう二度と会えない、話ができないという一抹の寂しさもあったが、それ以上に、兄が死んだということに対して、冷静になれている自分が怖いくらいだった。
「大丈夫ですか?」
と、刑事さんからねぎらいの言葉をもらい、母は、ショックで立てる状態ではなかったが、さくらは、そんな母親を見ているからか、
「自分がしっかりしなければいけない」
と感じたのだろう。
それだけに、母親を支えるようにしながら歩いて兄の安置されているところまできたが、様子をみると、苦しんだような顔ではなく、どちらかというと安らかに思えたことに、さくらは安心していた。
ただ、さくらがショックでなかったなどということは決してなかった。母親が先に崩れてしまったので、崩れるタイミングを逸してしまったとでもいえばいいのか、
「お母さん、ひどいよ」
と思った気持ちに変わりはなかった。
「お兄さんは、かなりのスピードを出していたのか、山道でガーとれ〜るに突っ込んだ模様です。ブレーキの跡はありましたが、本当に寸前のことで、もう少し前に気づいていれば、ここまで悲惨なことにはならなかったかも知れません」
と言われた。
ただ、警察には警察で、何か疑問があったようで、それを調べるため、司法解剖に回すということであった。
母親もさくらも、それを聞いて、何とも言えない気持ち悪さを感じていたが、それがどこからくるものなのか、母とさくらの気持ち悪さが同じものだったのかということは分からない。
お互いに、何も言おうとしなかったからだ。
確かに警察が疑問を抱くということには、気持ち悪さを感じたが、それが分かったところで、兄が帰ってくるわけでもない。そう思うと、余計なことを考えて、必要以上に精神をむしばむようなことはしたくないと思っていたのだろう。
それはさくらも同じことで、警察の捜査が進むのを黙って待っているしかない状態で、その感覚も次第にマヒしてくるのを感じてきた頃に、警察から返事が来た。
「申し訳ございません。お待たせしました。こちらでもいろいろ捜査をしてみましたが、お兄さんの事故は、やはりただの事故のようですね」
ということを言いに来てくれたので、ホット一安心、安堵の気持ちで、胸を撫でおろしたという心境であった。
それを聞いた時、母もさくらも、同時に腰が抜けた気がした。
余計なことを考えてしまったことを少しショックに思うくらいで、ただ、これでやっと、兄を供養できると思ったのが、一番よかったことであった。
さすがに四十九日が過ぎると、二人はいつもの生活を取り戻した。
母親に至っては、それまでのどんよりとした雰囲気とはまったく違い、かなりテンションが高かった。
むしろ、それが母親の性格であり、家族の中で一番天真爛漫だった母親に戻っただけだった。
だが、どこか無理をしているように見えて、しばらくは、母親を見るに堪えないという気持ちが強かったのだ。
だが、そんな母親も何とか平常心を取り戻してくれたのだろうと思いたかった。
だが四十九日が過ぎてからの母は、やはりどこか無理をしているようだった。
父との会話もぎこちなく、さくらとは今までとあまり変わらなくなったが、父とはどうしても、ぎこちなさが元に戻らなかった。
「ひょっとすると離婚するかも知れないな」
と感じたが、
「それでもいいような気がするな」
と思うようになっていた。
確かに離婚はいいことではないが、兄も死んでしまい、さくらも、今度大学に入学も決まっている。もう、親として、一緒に暮らすという意義はないのかも知れない。
だが、今のところ二人が離婚するということもなかった。
ただ、父親は転勤の辞令が出たようで、
「単身赴任しようと思う」
という父親に対して、家族は誰も何も言わなかっや。
社宅は安くあるようなので、家計を圧迫することもないようだ。
単身赴任手当も充実している会社だったので、そのあたりの心配はないということであった。
だから、今はさくらと母親の女性二人の家であった。
前は兄と、父という、本当に一般的な家庭だったのが、まるでウソのようだ。今は家族が一緒に住んでいようがいまいが、単独行動しているという意味では、そう感じていれば、別に問題はないと思えてくるのだった。
「まあ、これでいいんだよな」
と言って、父親は単身赴任していった。
最後の父親のその言葉が印象的だったが、今ではその言葉も頭の中で風化していってしまったかのようだった。
兄の墓参りにも、家族でいくことはない。皆単独で行く。単身赴任した父親が本当に墓参りしているのかどうか、怪しいものだ。
それを思うと、
「すでに、うちの家庭は崩壊している」
と言えるのではないだろうか。
そんな家族だから、一時期、
「もう、家族なんかいらない」
と思い、友達も最小限の人だけにして、彼氏なんかいらないとも思うようになっていた。
友達としては、絶対に外すことのできない人が、かずさだけで、他の人は、どうでもいいと思っている。それは今でも同じことなのだが、たまに、そんなさくらに親しみを込めてか、癒しを求めてくる人もいた。
もちろん、女性なので、露骨に断るようなマネはしないが、
「何か目的があるのではないか?」
と、余計なことを考えてしまう。
それを思うと、自分が兄を慕っていた時期があったのを思い出すのだが、その兄が死んでしまったことで、こんなにも家族が簡単にバラバラになるなど、思ってもいなかった。
そういう意味で、
作品名:交わることのない上に伸びるスパイラル 作家名:森本晃次