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交わることのない上に伸びるスパイラル

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 と画家の人はそういうのだった。
「そうですね。絵画に関しては私には分かりかねますが、小説の世界では、確かにそういうところがございます。どこで執筆するかということは結構難しいところがあって、想像していることが、妄想になっていい場合と、妄想になっては困る場合とがあるからです。妄想というのは、時として、暴走になりかねませんからね」
 と、作家の先生はそう言った。
「いやいや、まさにその通りで、画家というのも似た感覚があります。皆さんは、絵というものを、見たそのまま描いていると思われておられるかも知れませんが、絵というものは、時と場合によっては、大胆に省略して描くこともございます、ちなみに、皆さんは、将棋の一番隙のない手が何かご存じかな?」
 と画家の先生に言われて、作家の先生と、桑原は顔を合わせてみたが、
「いえ、分かりませんね」
 と、桑原が代表していうと、画家の先生はニコリとしたり顔で、
「それは、最初に並べた形なんですよ。一手打つごとにそこに隙ができる。絵というのもそういうもので、大胆な省略が、一番隙のないものを生み出すこともあるわけです。これは、保守という意味ではなく、一番分かりにくい、改革という意味だと思っていただければいいかと思います」
 というではないか。
「なるほど、その通りかも知れませんね。小説というのも、フィクションと言っても、限りがある。まったくのフィクションであれば、読者に伝わらないかとお思いでしょう。だから、書いていて自分の経験を思い出そうとするのです。経験というのは実体験だけではなく、本で読んだ内容や、学校で習ったことなども、その考えに近いものがあったりします」
 と、作家の先生は言った。
「そうですね。画家の作風にも実は、いくつかのパターンが存在します。タッチの問題であったり、影の描き方であったりですね。絵画の最初の問題というのは、バランス感覚と遠近感ではないかと私は思っています。画家を目指す時、本を読むと描いてあったりしますが、私は画家を目指した最初から、そんなハウツー本と呼ばれるようなものを読んだわけではありません。ある程度自分が絵を描いていて、自分にそれなりの自信ができてきたと感じた時、初めて、そのような本を読みました」
 と画家の先生がいうと、
「それは私も同じですね。作家になろうと思って、その道のりで一番最初の難関が、最後まで書き切ることができないというものでした、いろいろ試してみました。書く場所を変えてみたり、用紙をいろいろ変えてみたりですね。そこで、考えたのが、集中できないという問題と、書いていて、最後に辻褄を合わせるのが一番難しいということですね。だから、最後まで書き切れない」
 と、一呼吸置いた。
「それでどうされたんですか?」
 と、画家の先生が聞くと、
「書く場所や、用紙に関しては、試行錯誤で何とかなりましたが、最後まで書き切れないということとしての、集中できないということと、辻褄合わせに関しては、自分に自信がないからだという結論に達したんです。それを克服するための意識として、考えたのは、とにかく、何があっても。最後まで書き切るという信念だと思ったんです。まず考えたのは、集中さえできれば、書くことができるのだという自信ですね。そのために、まずは人間観察を始めました。それが書くことへの慣れとなるだろうし、集中力を高められると思ったんです。そして集中力を高めることができると、それが自分への自信につながっていったんです。つまり、集中力が生まれるということは、筆が進むということであり、集中している時間は、感覚がマヒするほど早いんです。実際の時間に比べて、かなり時間だけが早く感じるので、その時間で書いていると思うと、こんなにもたくさんの量が書けるのかという自信につながるんですね」
 と作家の先生は言った。
「なるほど、集中して書いていると、五分くらいしか経っていないような気がするが、実際には一時間という時間が経っている。つまり、五分で一ページ書くとすれば、実際には十二ページ書けているというわけですね? そうなると、理屈では分かりそうなことでも、感覚がいい方に理解してしまうと、人間の特性から言って、それを理屈で解釈する前に、自分への自信として取り込もうと考える。それをいい方に結びつけることができれば、それが一番いいという考え方ですね」
 と、画家の先生が、桑原の思っていることをそのまま言ってくれたような気がして、
「うんうん」
 と桑原は頷いていた。
 温泉から出てきた三人は、すっかり気心が知れていた。
「また、いずれ、お話いたしましょう」
 と言って別れ、桑原は部屋に戻ってきた。
 すでに、さくらは戻ってきていて、
「長いお湯だったですね?」
 と言われたが、
「いやぁ、ここで活動されている芸術家の方たちと仲良くなってね。話が弾んだんだよ。彼らはいろいろな感性を持っていて、話をしていて楽しいものだ」
 というのだった。
 桑原は、
「それにしても」
 と思った。
 自分も、今日は確かに芸術家の人たちと話をする機会があったとはいえ、結構な長風呂ではあったが、それに比べて、女の子としては、思ったよりも、風呂が短かったことが、桑原には気になるところだった。
 女性であれば、もう少し長い風呂であっても無理はないと思っているが、まるで、風呂に本当に浸かったのかどうか疑わしいくらいの短さに、少し不審がる桑原であった。
 だが、露天風呂に入ったのは事実だったので、それでも自分よりも早かったということは、
「風呂に入っている間に、早く出なければならない何かがあったのではないか?」
 と、考えたのであった。
 実際に、女性としては、短い時間であった。これほどの時間であれば、髪を洗う時間もないくらいだったのではないかと思えるほどだった。
 桑原は、何があったのか気になるところではあったが、その晩のことを思うと、気が高鳴っていた。
 やはり、好きな相手を初めて抱けるかも知れないと思うと、気持ちも昂るというものである。
 だが、そんな桑原の気持ちも、そして、さらに緊張していたであろうさくらの気持ちも、どちらもぶち破るような事件が起こったのは、夜の九時を過ぎた頃だっただろうか。
「きゃー」
 という悲鳴が、どこからともなく聞こえてきた。
 宿泊客のほとんどがその悲鳴を聞き、宿のスタッフも一緒になって、その声のする方に詰め寄ってきたのである。
 その声のする方は、客室の一つで、温泉宿にふさわしくないような洋室もこの宿には数部屋作られていたが、その部屋の一つから聞こえていたのだ。
 扉は開いていて、入ってすぐの通路は狭くなっていて、その奥に寝室がある間取りになっているが、その寝室の扉を開けたあたりに、一人の女性が、腰を抜かす形で、座り込んでいたのだ。
 寝室の扉も開いていて、そちらは不思議はなかったのだが、この客室の入り口自体が開いていたのは、パッと見、不思議な感じがしたのだ。
「どうしたんだ? 一体」
 と、皆が、躊躇して入り口前で立ち止まっていると、宿の番頭さんと思しき人が走ってきて、後ろから中を覗き込んだ。
 そこに座り込んでいる女性がスタッフであるのが分かると、