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交わることのない上に伸びるスパイラル

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 食事をしている時、桑原はどこか落ち着きがないようだった。食事は、山の幸、海の幸をふんだんに使ったもので、宿代を考えると、かなり豪華なものだった。想像以上の料理に、興奮しているようで、さくらは、そんな桑原を見ていると、微笑ましいという思いから、見ているだけで、嬉しくなっていた。
「これ、おいしい」
 と、いちいち感動する彼に、普段であれば、冷めた気持ちになるのだろうが、その日は、微笑ましさから、笑顔がこぼれるのが自分でもわかった。
 だが、これは、さくら自身に気持ち的に余裕があるからだというわけではない。どちらかというと、
「開き直りに成功した」
 という心境の方が大きいのではないかと思い、そう感じることが、さくらには嬉しいことだったのだ。
「今日という日は、気持ちに余裕があるよりも、開き直れた方が気分がいい」
 と感じていた。
 ここまでいうと、読者諸君は、
「この日、さくらは、桑原に抱かれることを覚悟しようとしているからじゃないのかな?」
 と思うかも知れないと感じた。
 しかし、実際にはそうではなかった。どちらかというと、桑原相手というよりも、他のことで緊張していて、それを紛らわそうとしながら、最終的に開き直れるようになることを望んでいるということの方が意識として強いと思うのだった。
 だから、桑原には、興奮していてくれていた方がいいような気がした。今夜、もし桑原に抱かれることになったとしても、それが成り行きであるならば、それはそれでいいと思っている。
 もちろん、桑原が嫌いなわけではない。抱かれることに抵抗がないと言えばウソになるが、抱かれることを嬉しいとも、嫌だという気持ちもあるわけではない。
 そういう意味でも、言い方は悪いが、
「成り行きに任せる」
 という方がいいような気がした。
 なぜなら、
「時間を感じずに済む」
 ということが一番だと思っているからだった。
「ねえ、桑原さんは、今回の旅行で、何がしたいの?」
 と一度聞いたことがあった。
 露骨な質問だが、もし、この質問で、桑原が自分を嫌いになるのであれば、それはそれでいいと思っていたくらいである。しかし、桑原はそのことに最後まで答えなかった。答えが見つからないというよりも、
「これを答えてしまうと、二人の関係がここで終わってしまう」
 とでも、思っているのではないかと、さくらは感じたのではないだろうか。
 そのことをさくらが感じているというのを、桑原も分かっているような気がする。だから、桑原は最後まで答えなかったし。さくらも、必要以上に聞くこともなかったのだ。
 知らない人がこの二人を見ていると、
「一体、この二人はどういう関係なんだ? お互いに何を考えているのか分からない。自分から問題提起しておきながら、最後までその答えを聞こうとは思わない。しかも、質問された方も、最後まで答える気はないということを、あからさまに示しながら、本当に答えない。そこに一体何があるというのか?」
 と考えていることだろう。
 実際に、さくらを知っている人であれば、つまりは、かずさであったとすれば、彼女なりの答えが出てくるのだろうが、それがあっているのかどうか、きっと考えているかずさにも分からないだろう。
「想像はできるけど、妄想はできない」
 とかずさは考える。
 つまり、さくらは、かずさにも分かるように、妄想を企てていることなのだろう。
 かずさとさくらの二人は、
「お互いに、すべて分かりあっている」
 とは決して感じていないということであろう。
 二人は、食事を済ませた後、
「順番が逆になっちゃったけど、これでやっと温泉が楽しめるね。僕は露天風呂に出かけるけど、君はどうするかい?」
 と、さくらは言われて、
「はい、私も行きたいです」
 と、答えた。
 この時感じたのは、
「桑原さんは、温泉宿にくると、やっぱり最初は、温泉に浸かるものだと思っていたんだわ」
 ということだった。
 さくらとしては、どちらでもいいと思っていたが、前に一緒に行ったかずさは、
「私は、先に食事かな? 食事をしてゆっくり温泉に浸かる方がいいと思うのよ」
 と、言っていた。
 この言葉を聞いた時、何となく違和感があったのだが、その違和感の正体というのが、
「この性格が、兄と同じだ」
 ということだった。
 兄の博人は、小学生の頃から、よくさくらの療養している施設に泊まりにきていた。
 そこには温泉もあり、兄としては、妹の療養というよりも、自分にとっては、ただの温泉旅行のつもりだったのかも知れないと思えた。
 もちろん、そんなことを思われて嬉しいわけもない。
「そんな思いするなら、一緒に来なければいいのに」
 と、兄が気楽に考えていることを、
「人の気も知らないで」
 と心の底で思っていたのだ。
 小学生だとはいえ、兄をそんな風に思わなければいけないということに、自分の中で憔悴感があった。なぜ、こんな気持ちになるのか最初の頃は分からなかったが、
「私って、ひょっとすると、お兄ちゃんのことが好きなのかしら?」
 と考えていた。
 小学生の頃だったので、思春期前の気持ちとして、それは、慕っているという感情であると思っていた。
 その証拠に、思春期以降、兄のことを、
「男性として好きだ」
 という感覚になっていないのも事実だった。
 それを、今となっては後悔している。
「お兄ちゃんと、本心から会話ができるまで仲良くなれなかったのは、本当につらいわ。まさかお兄ちゃんと心を割って話ができなくなるなんて、思ってもみなかった」
 と感じたからだ。
「二度と話ができなくなる」
 その思いは突然にやってきた。
「お兄ちゃんが、救急車で運ばれたって」
 と聞いて、急いで出かけていったが、すでに、兄は、帰らぬ人になってしまっていた。
「お兄ちゃん、どうして……」
 と言って、兄の死に顔に向かって泣き崩れたが、冷たくなってしまっている顔に乗せられた、白い布切れを見た時、
「この下に、冷たくなったお兄ちゃんがいるんだ」
 と思い、なぜか、その冷たさを自分でも感じたいと、さくらは思った。
「もう、私の前で笑ってくれないんだ」
 と思うと、自分が、何について悲しんでいるのかが分からなかった。
「お兄ちゃんが、二度と私に笑ってくれないこと?」
 それとも、
「お兄ちゃんの私への気持ちが聞き出せないこと?」
 それとも、
「私がお兄ちゃんに、本当の気持ちを打ち明けられなかったこと?」
 と、頭の中が混乱した。
 実際に、兄を好きだったという気持ちの最高潮の状態は、兄の死んでいる姿を見たその時だけで、実際に、それ以外の時では、自分が兄を好きだったという感情がまるでウソだったかのように感じられるから不思議だった。
「お兄ちゃんは帰ってこないんだ」
 というこの思いが一番強かったその時、さくらは、正直に気持ちになったのかも知れない。
 温泉の前に、男湯、女湯と書かれた暖簾が掛かっているが、
「あれ?」
 と、ふと何かに気づいたように、さくらが思わず声を上げた。
 それを効いた桑原は、
「ん? どうかしたのかい?」
 というので、さくらは何かに気づいてはいたが、
「い、いえ」