無限の可能性への冒涜
というではないか。
「気になることというのは?」
と聞くと、
「たぶんだけど、君の論文を元に最初はいくつかの大学の研究室で、研究が始められたと思うんだけど、ほとんどの大学ではそれが挫折したと思うんだ。この間も言ったように、君の論文がヒントであって、きっかけになるかどうかは、実際の解釈によるものだからね。でもほとんどの大学では、皆これをきっかけだと思って研究していると、きっと袋小路に入り込んでしまったんじゃないかって思うんだ。袋小路に入り込むと、抜けることはなかなかできない。それがスパイラルになっていると分かればいいのだろうけど、皆それを一つの輪だと思うから抜けられないんだよ。そのことは、実際に研究チームに入っている君が一番分かっていることだと思うんだけど。どうだろう?」
と、門脇は言った。
それを聞いて、松岡はまたビックリして、
「そうなんだ。まさにその通り。俺はそれを研究員に言いたいんだけど、皆俺のいうことをまともに聞いてくれそうもないんだ。研究所の人間は、意固地な人が多くて、自分の考えが一番正しいと思っている人が多い。それだけ自信があるんだろうが、一旦その自信が揺らぐと、後は立ち直るまでに時間がかかったり、相手を信用できないと思うと、また相手を信用するまでに、時間がかかる。きっと、自分の殻に閉じこもってしまうんだろうね」
と、松岡はいう。
「うん、その通りなんだよ。だから、今はこの研究に関して、生みの苦しみを感じているところではないかと思うんだ。だけど、今、実際に研究を続けているところがどれほどあるかは分からないんだけど、どうやら、M大学では研究が続けられているようなんだ。そこの谷口研究員という人が、君の論文にかなり心酔していて、実際の研究では、表にそれを見せないようにしながら、助言する形をとっているようなんだ。M大学の研究室というところは、学生の意見も取り入れてくれる開かれた研究室なので、研究はスムーズに展開されている。このままでいけば、君たちよりも先に発表することになるんじゃないかという予感が俺の中ではあるんだ」
と、門脇は、かなりショッキングなことを平気な顔で言った。
いや、実際にはかなり興奮して話をしているようなのだが、その時の松岡には、門脇がかなり冷静に話をしているようにしか見えなかった。
「錯覚ではないか?」
と思ったが、実際に錯覚というわけではないようだった。
「それは本当かい?」
と、わざと聞いてみると、
「ああ、だけどただの予感というだけなので、こんなことを君に言っても、焦るだけなのかも知れない。それに、これが分かったからと言って、君たちの研究をもっと突貫で進めろということもできない。これは運命のようなものだと思うんだけど、その運命を今ここでどうして君に告げなければいけないのかと思ったのか、俺も頭の中が混乱しているんだ。何かいい案が浮かんできそうな気がするんだけど、それには、予感を話す必要はあると思ったので話したんだ」
と門脇は言った。
「ああ、ありがとう。君が俺に皮肉なことはしないということは分かっているからね。何かの考えがあってのことだとは思うんだ。だから、俺は、自分にできることをただするだけでしかないんだろうな」
と、松岡はいうだけだった。
ライバルである谷口に先を越されると宣告されるのは、かなりのショックだが、その話を聞いた時は、あまりにも唐突で、そのショックの出どころはよく分かっていなかったのだ。
予言の実行
それからの数日は、ライバルに先を越されるという悪夢を想像しながら、悩みに押しつぶされそうな感覚になっていた。
「その予言が起こるのはいつのことになるんだい?」
と聞いてみたが、
「それがハッキリとは分からないんだ」
というではないか。
「君の予言というのは、事が起こるということは予言できても、それがいつなのかというところまでは予見は無理なんだね?」
と聞くと、
「いや、それは時と場合によるみたいなんだ。時期も予見できる時もあれば、漠然としてしか分からない時もある。今回は漠然としてしか分からないという感覚なんだ」
と門脇は言った。
「でも、当たる確率は高いんだろう?」
「そうだね。俺の中ではかなりの確率だと思っている。本当は最初にこの論文を書いた君に開発までしてほしいんだけど、今のところ難しい気がするんだ。でも、このことを俺の中だけでもっておくのは怖い気がしたんだ」
と言われて、
「何でだよ。知らぬが仏って言葉もあるじゃないか」
と、まさに自分で言っていて、その通りだと感じた。
「でも、どこかに対策がないわけではないような気もしているので、だから敢えて君に話をした方がいいと思ったんだよ。それを君が見つけることができれば、それが一番いいと思ったからね」
と、門脇に言われたが、
「そんなこと言われても……」
としか、言いようがなかった。
「ところで、その君のライバルに当たる谷口という人はどういう人なんだね?」
と聞かれたので、
「彼は、実は俺にもよく分からないんだ。いきなり何か奇抜なことを言い出すかと思えば、実に地道な道を歩んでいる時もある。そこに別に法則のようなものはなくて、僕の想定外の人物と言ってもいいんじゃないかな?」
というと、門脇は笑顔になって、
「なるほど、でも、それは相手も君に対して感じていることなのかも知れないよ。お互いにライバルというのはそういうものではないのかな? しかも、二人とも研究者なんだろう? お互いに自我が強いというのか、自分の考え方に忠実な生き方をしているんじゃないかって思うんだよ」
と、言った。
「なるほど、それはそうかも知れないな。俺だって、そんなにいつも意識しているわけではないけど、気が付けば気になる相手だったという感じだな。相手もそうだったのかと思うと、何か分かる気がしてくるし、ある意味、気が楽になってきそうな気がするのは不思議だよな」
と言って、思わず笑ってしまった松岡だった。
「松岡君は、タイムマシンの研究をしようと思ってK大学に入ったのか?」
と言われて、
「いやいやそんなことはないよ。大学に入るまでは、タイムマシンの開発なんてできっこないと思っていたからね。それは、根拠のない考えではなくて、ちゃんとタイムパラドックスや、パラレルワールド、それから可能性の発想や、無限との関係などというのも、おぼろげだったけど、意識としては持っていたんだよ。俺って、結構、一人でいる時、SFチックなことを子供の頃からよく考えていて、気が付けば、意識が飛んでいるなんてことも結構あったんだ」
というと、
「それは夢を見ている時のような感覚かな?」
と聞かれたので、
「似ているけど、少し違っている気がするんだ」
と、松岡は答えた。
松岡が研究をしている時は、ほとんど妄想しているといってもいいかも知れない。
「そういう意味では、ヒントのような論文を書くことはできるが、研究には向いていない」
と言ってもいいかも知れない。
作品名:無限の可能性への冒涜 作家名:森本晃次