無限の可能性への冒涜
それまでは、冷静沈着が取り柄だった谷口は、松岡の発表が、相当ショックだったということは分かっていたが、まわりの誰も、松岡と谷口の関係を知っている人はいなかった。
谷口は、タイムパワード研究所では、それほど目立つタイプではなかった。研究員にふさわしく、地味に研究をコツコツと続ける方で、まわりが意識することのない状態になればなるほど、研究がはかどっている証拠だった。
だから、誰も谷口を意識するものはいない。
そもそも、誰かとつるんで研究するというタイプでもなく、
「静かに燃えるタイプだ」
と、教授たちからも見られていたようだ。
そんな彼が、今回はやたらと燃えている。あからさまに態度に表れていて、
「何をそんなに興奮しているんだ?」
と、他の人であれば、そこまで気にするようなことのないようでも、谷口が相手であれば、様子がおかしいことは、一目瞭然であった。
いつ見ても、髪の毛をかき乱すようにしながら、必死になって研究に打ち込んでいる。まるで爆発でもしたかのような髪の乱れは、普段であれば、教授から注意されるほどのひどさだったが、相手が谷口であれば、教授も何も言えない状態だった。
「とりあえず、様子を見てみるしかないかな?」
と、まわりにそういわせ、腫れ物にでも触るような状況が数か月続いた。
他の研究員には、それほどの焦りはなかった。
K大学の松岡によって、タイムマシンのヒントが発表されたが、実はM大学でも似たような研究をしていた。
教授が陣頭指揮をとりながらの、一大プロジェクトだったにも関わらず、まさか、一介の大学生に、看破されてしまうとは、誰も思ってもみなかったことだろう。
ここで意地になって研究を続け、何かが発見できるという自信は、教授にはなかった。
少しの間、研究を休んで、英気を養う形で再度スタートラインに立つというのが、一番いいと思ったのだ。
「サッカーだって、相手にゴールを入れられれば、もう一度センターサークルからのスタートになるじゃないか」
と教授は言ったが、なぜこの時教授がサッカーをたとえに出したのか、誰にも分からなかったが、谷口は分かった気がした。
だから、谷口は焦って研究はしていたが、自分の中では、ちゃんとセンターサークルにボールを戻してからの攻撃を敢行しているということは分かっているのだ。
教授は谷口にだけは、
「そんなに焦ってもしょうがない」
とは言わない。
やりたいようにさせているだけだったのだ。
谷口は、松岡の研究を細部に至るまで分析した。
「やつの考えは、俺じゃないと分からない」
という自負もあり、また、
「松岡が発表したくらいなのだから、よほど自信があるに違いない」
とも思っているようだった。
本来なら、ライバルと思っていたやつに先を越され、そんな相手の研究を分析しなければいけないという立場に、あまり面白くない思いを抱いていたが、それだけに、
「タイムマシンはこの俺の手で」
と思っているのだった。
なるほど、松岡の言いたいことはよく分かった。しかし、あくまでも彼の発想はどこか他人事だった。
だが、その思いが逆に谷口を気楽にさせた。
「やつが、他人事のように思っているということは、それだけ自信がない、致命的な部分を感じているのではないか」
と感じたのだ。
そして、そんな彼だからこそ、
「どうせ、これを見ても他の研究室の連中には、開発などできるわけはない」
と思っているはずだった。
実際に、他の研究室の連中は、この論文をヒントとして見ているわけではなかっや。
「しょせんは、大学生のレポート的なもので、核心部分について、何も書かれていないじゃないか」
と思われていた。
実は、これも、K大学の狙いだった。。
あたかも、彼の研究が、
「タイムマシン開発へのヒントになる」
ということを宣伝しておいて、それが、学生の発表であるということを、少し時間をずらして発表したのだ。
これは、功を奏して、他の連中は、まともに見ていなかったのだ。
その間に、K大学で独自に開発し、他を出し抜こうという、ある意味、突破式の考え方だったといってもいい。
しかし、そんな中で、M大学に谷口あり、彼が、研究を発表した相手をよく知っているということで、
「K大学には負けませんよ」
とばかりに、まずは、松岡の論文の解析だったのだ。
ただ、論文としては、うまくできているわけではなくセンセーショナルな話題を振りまいたわりには、実際の開発めんば―には不評だった。
昔気質の学者であれば、この論文の素晴らしさに気づくのだが、どうしても若い連中は、答えを先に見つけようとしてしまうのだ。
しかし、この研究にはそんな含みがあるわけではない。逆にストレートに読めば分かるものであり、そこが盲点だったのだ。
先読みしようとする連中に分かるはずのない論文は、すでにいくつかの大学で、
「研究に値しない」
ということで、無視されるようになっていた。
「こんな、机上の空論を、どのようにして証明すればいいというのか?」
と、ほとんどの大学で言われていたが、それは、松岡という研究者の性格をよく分かっていなければ、解き明かすことはできないだろう。
そもそも、学生のレポートだったのだ。実証や実験などは二の次で、自分の意見を正面に打ち出す書き方がされている。
だから、研究する方は、その論文を、
「傲慢だ」
と思ってみるのだった。
しかし、元々学生の文章なので、傲慢というよりもむしろ、気を遣って書かれていた。それが分からないと、分析もくそもないというものだ。
それだけ、松岡という男は、研究員としては変わった性格の持ち主で、だからこそ、発表を教授も許したのだ。
もちろん、発表された内容をさらに吟味し、K大学でもタイムマシンの開発に邁進していた。その中心にいるのが松岡であり。彼独自の考え方で、今、証明と実験を繰り返していたのだった。
だが、想像よりも、谷口という男は頭がよかったようだ。タイムマシンの開発に成功したからだった。
だが、そのことを予言していた人がいた。ほかならぬ門脇だったのだ、
門脇とは、研究が忙しくなってからも、時々、いつもの馴染の喫茶店で会っていた。会っていたといっても、食事に出かけるのが、その喫茶店なので、必然的に会っていたというだけで、別に示し合わせていたわけではない。
それでも、最初の頃のように、それこそ示し合わせたように会えなかった時期があったくらいなので、それから思えば、遭遇頻度は爆発的に増えたといってもいいだろう。
門脇という人が、普段は何をしているのか、詳しくは知らない。別に門脇も隠しているわけではないのだろうが、松岡が自分のことを自分から話をして、その話が盛り上がってしまうので、聞くタイミングを逸してしまったといってもいい。一度聞けなかったことを、何かのタイミングがなければ聞けないというのも、よくあることで、そのタイミングが来るのを待つしかないと思うだけだった。
松岡が、
「俺は、K大学の理工学部で、タイムマシンの研究をしているんだ」
というと、最初は門脇も、
「そんなことを口外してもいいのか?」
作品名:無限の可能性への冒涜 作家名:森本晃次